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(仮)『言志録の人間学』の序文

※この夏、刊行される(仮)『言志録の人間学』(PHP研究所)の序文を書きました。ご笑覧ください。

 

はじめに

 その人がどう生きたのか、奮闘の記録ほどおもしろく、教えられるものはない。私の本はどの本もそうなのだが、それぞれの分野でなにがしかのものを作り上げた方々をインタビューし、その人がつかんだ貴重なメッセージを世に送っている。今回も『言志四録』の各条文をいろいろな人々の人生に絡めて説明した。

佐藤一斎
佐藤一斎
佐藤一斎
佐藤一斎
エブライマさんと私
エブライマさんと私

それは私自身が脳梗塞で倒れ、一命を取り留めたことに大いに関係している。

一命を取り留め、生かされてみると、世の中には、有名無名を問わず、何とすてきな生き方をされている人が多いことかと驚いてしまう。私が知らないだけだったのだ。

法華経に「()()()(さつ)」という言葉があるそうだ。

菩薩は如来に成ろうとして修行する僧をさすのだが、菩薩は人々を共済しようとして天上から雲に乗って下りてこられるのではなく、地から湧き出すように現われるのだという。私の本で採り上げている人々をインタビューするたびに、ああこの人もありがたい地湧の菩薩さまだと思ってしまう。

 平成二十二年(二〇一〇)十一月、私は名曲「アメイジング・グレイス」の誕生秘話を書くために、イギリスに取材に言った。ご承知のようにあの名曲の歌詞を書いたジョン・ニュートン司祭は英国教会の司祭になる前は奴隷船の船長をしており、イギリス―西アフリカ―アメリカを往復して、黒人を売買していた。その彼がイギリスへの帰途嵐に遭い、九死に一生を得て助かった。それを契機に船を下りて聖職者の道を目指し、ロンドン郊外の田舎の村で司祭になった。そして黒人奴隷の売買に携わったことを(ざん)()して書いたのが、『魂の夜明け アメイジング・グレイス』だ。

 その翌年の平成二十三年(二〇一一)十一月、今度は売られていった黒人の側から問題を見詰めてみようと、西アフリカのセネガルとガンビアを訪ねた。二つの国にはそれぞれ負の世界遺産として、奴隷島が保存されているからだ。

 ガンビアの首都バンジュールでは、高校の教師をしているエブライマ・ジャダマさんの家に泊めてもらった。彼は日本の奨学金によってガンビア大学を出て、高校の教師になっている。夜になると庭に出て、煌々(こうこう)と照っているアフリカの月を眺めながら、彼と夜な夜ないろいろなことを話した。

「――ガンビアは一〇世紀から一三世紀にかけてはガーナ王国に属していました。その後マリ帝国に支配された期間が三世紀続き、一五世紀にポルトガルが進出し、一六世紀にはイギリスが取って代わりました。しかしフランスとの間で争奪戦が起き、イギリスはが勝って、一七八八年、イギリスの植民地にしました。私たちは自分の国でありながら、蚊帳(かや)の外でした。それから八十年たって、ようやく一九六五年に独立したものの、産業は興らず、今でもアフリカの最貧国を脱することができずにいます。どうしたらこの状況を脱することができるのでしょうか」 

彼の苦悩は深かった。ある夜、エブライマさんは日本をつくづくうらやましいと言った。ある人に援助してもらって日本を訪ねたとき、信じられないほどに発達した社会を見て思ったという。

「いえ、潤沢な生活をうらやましいと思ったのではありません。そうした生活にはいずれ私たちも追い付けるでしょうから……。私が驚いたのは、古人がつかんだ知恵が書物となって受け継がれ、現代に生かされているということです。千年も昔の本が今も読まれている社会! それに私は驚き、日本の文化の奥深さを知りました」

 十一月、アフリカは乾季だ。カラカラに乾いた草っ原を下弦の月が照らしていた。どこかで虫が鳴いている。頬をなでる風が心地いい。

「ガンビアでは文化が集積されるということがありませんでした。書き残した書物がないから、後世に伝わることもなければ、活用されることもありません。いつまでも一からの出直しで、経験の範囲内でやっているだけです。だからいつまでも草ぶきの掘っ立て小屋の生活をくり返しているんです。

 日本にいる間中、この差は何だろうと考えました。そして得た結論は、書物によって文化が継承されていることではないかということでした。私たちが日本に学ばなければならないのはそれだと思いました。

 ガンビアで大学を出た者たちは、職がないから、みんなイギリスやアメリカに行ってしまいます。でも私はガンビアに留まって、文化の継承に一役買い、後進の育成に力を尽そうと思いました。それが私に学資を出してくださった日本の方々に対する恩返しです」

 私はエブライマさんの話を聞きながら、彼の学資を出してくださった方々の努力がこういう形で実りつつあると知ってうれしかった。

 今回、私は『言志四録の人間学』を書きながら、かつてバンジュールでエブライマさんが話していたことを思い出していた。

文化の蓄積と継承――。

百七十年以上も前に、佐藤一斎がつかんだことを『言志四録』として書き残したことが、いま私たちを奮い立たせている。本書に登場していただいた方々の奮闘にも教えられ、『言志四録』が示している真理も、暗夜を照らす灯火(ともしび)となっている。それらを熟読玩味して、自分の人生の質をいっそう高めようと思う。

平成二十七年(二〇一五)四月十五日     千葉県佐倉市の寓居にて 著者

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