みなさん、お元気ですか。私は来年3月14日~15日、安岡正篤先生ゆかりの財団法人郷学研修所で催される恒例の「第65回 地方人材と郷学作興の研修会」で「処女作『安岡正篤の世界』誕生の背景」と題して、講演をさせていただくことになりました。この研修会は、安岡先生の道統に繋がる人士が毎年一回集う集まりです。私は次のようなことを話ししようと思っています。
戦後の混乱期を経て、迷える子羊のようになって模索していた私は、安岡正篤先生の書物に巡り合って、ようやく大地に足がついたような安心感を覚えました。
それから20年の歳月が流れ、自分の人生の方向性が見えてきた矢先の38歳の時、私は脳梗塞で倒れました。ベッドに寝たきりになり、絶体絶命の状態に追い詰められた私は、どう生きるのかという問題が、自分自身の問題としてはじめて深刻に迫ってきました。それまで安岡先生が説いておられた先賢の知恵は頭の中の知恵でしかなく、まったく狼狽し、意気消沈しました。そこから真剣に求道が始まり、暗中模索の末、く魂の夜明けを迎えました。
そこで、私の目から鱗を落とすことになった安岡正篤という人物は何者か。この人がつかんだ人生の知恵、宇宙の理とは何か。なぜ多くの人々が安岡先生を“人生の師父”として慕うのか――。それらの問題意識を、3年半かかって書き上げたのが、処女作『安岡正篤の世界』(同文舘出版)でした。これがベストセラーになりました。そこで講談社はこれを文庫本にしたことから、『安岡正篤の世界』はいっそう人口に膾炙(かいしゃ)することになりました。
安岡先生との出会いは、真理を掘り下げていく人生の始まりでした。自分の目から鱗が落ちてみると、周囲の人々に頭が下がるような生き方をされている人がいらっしゃることに気づき、彼らがつかんだものを本に紹介しました。また私自身が抱えていた両親との問題を解決するために内観を行い、また魂の覚醒を得ました。内的真理に目覚めさせていただいたことを感謝するために始めた四国88か所札所の歩き遍路1400キロも、また新たな目覚めを与えてくれました。それにスイス・チューリヒでの講演がきっかけになって導かれた、キリスト教最長の巡礼道、スペインのカミーノ800キロの行脚も、魂の新たな覚醒になっていきました。
ふり返ってみれば、人生のどの出来事も、私の《魂の夜明け》にならなかったものはありませんでした。こうして書いた本は50数冊に及び、講演は年120回はくだらないほどになりました。
『孟子』の離婁(りろう)上に「誠は天の道なり。誠を思うは人の道なり」とあります。これは「宇宙森羅万象の本源である天は、至誠至純の存在である。しかしながら、その誠はまだ具体的なものになってはいない。これを目でも見、手でも触れられる具体的な誠に作りあげるのは、額に汗し、手に豆を作ってがんばる人間の役割である」と解釈することができます。つまり、私たちに50年、60年という期間が与えられているというのは、今生の人生でなにがしかの物を形にしあげよという天の計らいなのではないでしょうか。そう考えたら、自分の人生に対して、不退転の覚悟が生まれてくるのではないでしょうか。
財)郷学研修所/安岡正篤記念館
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