『アメイジング・グレイス――魂の夜明け』出版予定のお知らせ

 『アメイジング・グレイス――魂の夜明け』が廣済堂出版から 3月に出版されることになりました! かつて奴隷貿易船の船長だったジョン・ニュートンが難破して一命を取りとめ、悔いあらためて聖職者になり、感謝の思いで書いたのが「アメイジング・グレイス」でした。イギリスに取材に行き、世界遺産として登録されている西アフリカの奴隷島を訊ね、6年掛かってこの本を書き上げました。やっと読者に、ジョン・ニュートン司祭のメッセージをお届け出来ます。苦労した甲斐​がありました。

②荒天下の帆船 . jpg (1)奴隷船の模型
修道院の回廊 オルニーの教会(10.11) 083 ④楽譜  ⑥奴隷の銅像 (1) ①荒天下の帆船 . jpg (2)

『アメイジング・グレイス――魂の夜明け』(廣済堂出版)の序文

はじめに

 

会堂に鳴り響いたパイプオルガン

平成二十二年(二〇一〇)十一月、私は名曲「アメイジング・グレイス」の誕生秘話を書くべく、作詞者ジョン・ニュートン司祭のゆかりの場所を取材した。ロンドンの下町ワッピングの生家、黒人奴隷貿易のため出航したリヴァプールのマーシーサイド海事博物館、最初の赴任地オルニーのセントピーター・セントポール教会、ロンドンの海事博物館、ランベスパレス国会資料館などである。

そしてイギリス取材の最後の日、私はニュートン司祭が二十八年間司牧し、八十二年の生涯を閉じたセントメアリー・ウルノス教会を訪ねた。ロンドンの中のロンドンといわれるシティにある大きな教会だ。ニュートン司祭はこの教会を拠点として国会に根気強く働きかけ、臨終の直前に奴隷貿易廃止法を成立させている。

昼過ぎの教会には誰もいなくて、閑散としていた。私は取材を手伝ってくれたマリリン・ローズさんと森田京子さんと一緒に、回廊の壁にはめ込まれているニュートン司祭を偲ぶ石版を見ていた。すると突然パイプオルガンが鳴り響いて荘重な「アメイジング・グレイス」が演奏された。振り仰ぐと二階に据え付けられたパイプオルガンからだ。

パイプオルガンの響きに載せて私の耳朶(じだ)に、ギリシャが生んだ世界的歌手ナナ・ムスクーリの薄絹のように透明で澄んだ声で歌う「アメイジング・グレイス」が蘇った。

 

Amazing Grace how sweet the sound

That saved a wretch like me

I once was lost but now I’m found

was blind but now I see

 

驚くほどの(アメイジング)神の恵み(・グレイス)、何と甘美な響きだろう

私のような恥ずべき人間も救われた

かつては道を踏み外していたが、いま救い出された

かつては盲(めしい)だったが、今は見えるようになった

 

ナナ・ムスクーリの神の愛と見守りを讃美する声が、天の高みにスパイラル状に昇っていく。それにつれて私の思いも浄化され昇華していった。

(――確かにそうだ。私はけっして不遇だったのではない。見捨てられていたのでもなかった。苦しみにあえいでいたあの時も、悲嘆に暮れていたあの時も、私はいつも神の御手(みて)の中にあり、神は私を導いてくださっていたのだ……)

私の心はいつしか感謝で満たされ、生きとし生けるものすべてにありがとうと言いたい気持ちでいっぱいになった。至福の時間が流れ、いつしか歓喜の涙が頬を濡らしていた……。

 

悲しみを知る人々に広がっていった聖歌

「アメイジング・グレイス」は不思議な力を持った歌である。

一七四七年からの八年間、この歌詞の作者ジョン・ニュートンはイギリスとアフリカ、アメリカを行き来して、黒人奴(ど)隷(れい)貿易を行っていた。ところがルイジアナのチャールストンで、黒人奴隷を売りさばいてイギリスに帰る途中、乗っていた〈グレイハウンド号〉が嵐に遭遇して難破した。しかし幸いなことに北アイルランドに漂着して一命を取り留めた。

 もう金輪際(こんりんざい)、奴隷貿易には携わらないと誓ったジョンは、大変な努力をして英国国教会の聖職者になった。そして道を踏み外し、人(にん)非人(ぴにん)になり下がっていた自分を神は救ってくださったと感謝して、「アメイジング・グレイス」の歌詞を書き上げた。この歌詞は多くの人々の共感を得てイギリス中に広がった。さらに、イギリスの植民地だったアメリカに新天地を求めて渡った人々と共に新大陸に渡った。

 そこにいたのは、アフリカから強制的に連れてこられた黒人たちだった。炎天下で重労働を課せられ、貧困と差別にあえいでいた黒人たちはこの歌に共感し、

「おれたちは見捨てられているのではないんだ。希望を捨てまい」

と、いろいろな節で歌った。そのうち現在歌われている作者不詳のメロディーに定着した。研究者によると、一八二九年、アメリカで出版された聖歌集『コロンビア・ハーモニー』にこのメロディーと歌詞が共に掲載されているので、この頃には合体していたようだ。エイブラハム・リンカーン大統領が黒人奴隷解放宣言をするのは、それから更に三十三年後の一八六二年九月のことである。

 

 アメリカの危機を救った「アメイジング・グレイス」

「アメイジング・グレイス」はその後、アメリカが危機に遭遇したとき、精神の荒廃を何度も救った。例えばベトナム戦争に対する反戦運動が全米に燎原(りょうげん)の火のように広がり、ついに一九七三年、ベトナム戦争に敗北したときだ。アメリカは自信を失い、深く傷つき、人々は精神的な流浪の民となった。

追いかけるように、ウォーターゲート事件が起こった。ニクソン大統領が大統領選挙にからんで敵陣営を盗聴していた。そのことが発覚すると、策を労してもみ消しを謀(はか)ったことが明るみに出た。そこで国中が大荒れに荒れ、ニクソン大統領はとうとう辞任に追い込まれてしまった。現職大統領が辞任に追い込まれるという前代未聞の不祥事に、アメリカ国民は何もかも信じられなくなって、人々の心は荒廃の極みに達した。寄るべきものを失ってしまったのだ。

そんなとき、ジュディ・コリンズが、伴奏を付けないアカペラで、この歌を歌いだした。彼女のシンプルな歌唱は、投げやりになっていたアメリカ市民を蘇生させた。一九七一年、ビルボード・ホット一〇〇では15位になり、イギリスでは67週連続でチャートインした。

この現象は終戦直後、ドイツで起きた出来事と酷似している。この戦争の間、ナチスは六百万人のユダヤ人をガス室で虐殺していたことが発覚した。同じ人間であるナチスが悪魔的な所業をしでかしていたことを知って、人々は人間を信じられなくなった。

そんな風潮の中、テレージエンシュタット、アウシュビッツ、そしてチュルクハイムの三つの収容所で、二年七か月もの間、おぞましい体験の末に生き残ったユダヤ人精神科医ヴィクトール・フランクルは、苦渋の体験を『夜と霧』(みすず書房)として出版した。しかしそれはナチスの残虐性を告発したものではなく、その極限状況の中でもつぶされなかった人間性を高く称えた。フランクルは「それでも私は人生にイエスと言う」と言い、人間性への信頼を揺るがせにしなかった。人々はフランクルのメッセージによって救われたのだ。

名曲「アメイジング・グレイス」が人々にもたらしたものは同じだったといえよう。

 

平成二十七年(二〇一五年)九月十九日、私は米国サウスダコタ州ラピッドシテイからルート16を南西に十八マイル、約三十分走って、ラシュモア山の岩壁に刻まれた四人の大統領の巨大な顔の彫刻を見に行った。花崗岩でできた岩壁に、建国の父ワシントンや、黒人を解放し、米国を分裂の危機から救ったリンカーンなどの十七メートル大の巨大な顔が彫られている。

この国定記念物を見に訪れる人は多いが、圧巻は夜八時からのライトアップだ。ライトアップに先立ち「アメイジング・グレイス」が流れ、国歌「星条旗」が演奏された。すると三百人ぐらいいた観客が一斉に立ち上がり、胸に手を当てて斉唱した。その歌声はラシュモア山の谷に、高く低く響き渡った。私はそのシーンに居合わせて、「アメイジング・グレイス」はアメリカの第二の国歌だといわれる理由を垣間見た思いがした。

この歌詞の作者ジョン・ニュートンが困難を乗り越えてつかんだ確信が、それから二百四十年もの歳月を経た今もなお、人々を奮起させ、敬虔な気持ちに導いているのだ。

 

さだまさしさんと「アメイジング・グレイス」

日本でこの歌が知られるようになったのは、昭和六十二年(一九八七)、さだまさしさんがアルバム「夢回帰線」に「風に立つライオン」を発表したことからではないかと思われる。それまでも一、二のミュージシャンがレコードやCDを出していたが、多くはマイナーな人々だった。メジャーな人ではさださんが初めてだ。

さださんは一九六〇年代の終わり頃、ケニアのナクルールにある長崎大学熱帯医学研究所で、医療活動に携わった柴(しば)田(た)紘一郎(こういちろう)医師をモデルに書いた名曲「風に立つライオン」の間奏とエンディングに「アメイジング・グレイス」の旋律を引用した。

キリマンジャロの白い雪、草原で草をはむ象のシルエット、ビクトリア湖の朝焼け、百万羽のフラミンゴを想起させる「風に立つライオン」は「アメイジング・グレイス」の旋律を引用したことで、茫漠(ぼうばく)たるサバンナで医療に従事している青年医師の「やはり僕たちの国は、残念だけれど、何か大切な処で道を間違えてしまったようですね」というつぶやきを、いっそう鮮明に浮き上がらせた。

「風に立つライオン」はその歌詞の内容から、医師や看護師、青年海外協力隊の隊員、あるいは海外で暮らす在留邦人の間に広まり、いつしか一人歩きするようになった。そして多くの人の共感を得て、平成二年(一九九〇)、第41回NHK紅白歌合戦の出場曲に選ばれてしまった。さらには平成二十五年(二〇一三)、同名の小説(幻(げん)冬舎(とうしゃ))が生まれ、平成二十七年(二〇一五)、三池崇(たか)史(し)監督、大沢たかお主演で映画化されるにいたった。

さださんはコンサートのアンコールで、自分のベスト曲の一つ「風に立つライオン」を歌うことが多い。「アメイジング・グレイス」はさださんにとっても思い入れの強い曲なのだ。

また「アメイジング・グレイス」は平成十五年(二〇〇三)十月九日から、フジテレビで半年二十一回に渡って放映された大河ドラマ「白い巨塔」(原作・山崎豊子、主演・唐沢寿明)の主題歌として採用された。山崎豊子の『白い巨塔』はテレビドラマとして前後五回リメイクされたほどに人気の高い小説だが、この時も平均二〇パーセントを超える高視聴率となり、最終回は何と三二・一パーセントにもなった。

この主題歌を歌ったのはオーストラリアの歌姫ヘイリー・ウェステンラで、「アメイジング・グレイス」は日本人の心にいっそう染み込んだ。

 

白血病に倒れた本田美奈子さんも歌った!

 こうして人々の共感を得るようになった「アメイジング・グレイス」がいっそう人々の心に浸透したのは、白血病に苦しんで三十八歳の若さで死んだ本田美奈子さんが歌ったことからだ。

昭和六十年(一九八五)、アイドル歌手として熱狂的に迎えられた本田さんはポップスからじょじょに歌唱領域を広げ、平成二年(一九九〇)、ミュージカル「ミス・サイゴン」のキム役を一年半ロングランして、平成四年(一九九二)のゴールデンアロー賞演劇新人賞を贈られた。その後、ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」にホーデル役で、「王様と私」にタプチム役で、「レ・ミゼラブル」にエポニーヌ役で出演し、実力派女優として不動の地位を築いた。平成十五年(二〇〇三)には、念願だった初のクラシック・アルバム「アヴェ・マリア」をリリースし、そこにステージでいつも歌っていた「アメイジング・グレイス」を収録した。

ところが本田さんの幸せは長くは続かなかった。平成十七年(二〇〇五)一月、急性骨髄(こつずい)性白血病と診断され、緊急入院した。なかなか骨髄のドナー(提供者)が見つからず、臍帯(さいたい)血(けつ)移植を受けた。一時良くなったものの完解には至らず、再び悪化し、同年十一月六日、とうとう帰らぬ人となってしまった。

本田さんは三十八歳の誕生日の前日、一時退院を許されたとき、世話になった医師や看護師にお礼にナースステーションで「アメイジング・グレイス」を歌った。その歌唱に涙ぐんで聴き入る医師や看護師たちの姿は、後にテレビのドキュメンタリー「天使になった歌姫・本田美奈子」で放映され、多くの人の涙を誘った。

そんなことがあって、本田さんが歌う「アメイジング・グレイス」が収録されたアルバム「アヴェ・マリア」は売り上げが急上昇して十七万枚を突破し、オリコン・ヒットチャートの7位に入った。こうして本田さんの悲しすぎる死は「アメイジング・グレイス」のメロディーと共に日本人の心に刻み込まれ、最も愛される歌になった。

それから半年後、日本骨髄バンクはテレビでの支援キャンペーン(ACジャパン)に、故本田さんが歌う「アメイジング・グレイス」を流して多くの人々がドナーとなってくれた。この日本骨髄バンクは白血病で苦しんだ大谷貴(たか)子(こ)さんが昭和六十三年(一九八八)、徒手空拳で組織づくりを始めたものだ。本田美奈子さんなどの陰ながらの応援もあって、二十七年を経た今日、ドナー登録者数は有効な三十万人を突破して、四十五万人を超すまでになった。

 

人間存在の原点に導いてくれる歌

その後、「アメイジング・グレイス」はいろいろなアーティストがカバーし、企業のCMとしてテレビで流れ、もはや聖歌という域を超えて日本人の心が愛する曲になった。

ところでこの本では主人公のジョン・ニュートン司祭のキリスト教信仰に従って、思考の原点に「神」あるいは「主」を置いた。しかしながらこれは私たち日本人にとって、決して違和感のある考え方ではない。私たちも遠い昔から「大いなる存在」を感じ、人智を超えた「人生の仕組み」があることを知っていた。

日本人の魂の故郷である伊勢神社では、新嘗祭(にいなめさい)にしろ神嘗祭(かんなめさい)にしろ、すべての神事は真夜中の十一時ぐらいから、真っ暗な中、松明(たいまつ)の灯りを頼りに荘厳な儀式が執(と)り行われる。振り仰ぐと、黒々とした杉の木立のシルエットの向こうに、億万年の彼方の星々が輝いている。私たちは宇宙の申し子であることを感じ、いっそう敬虔(けいけん)な気持ちで神事に参列した――。

表現は違うけれども、キリスト教も神道も仏教イスラム教も同じ「悠久なる存在」を感じ、それに相応して生きてきた。「アメイジング・グレイス」は私たちに「大いなる存在」を再発見させ、敬虔な気持ちにさせる何かを持っている。この歌に耳を傾けていると、心が昇華していき、神聖な気持ちにさせてくれる。「アメイジング・グレイス」はアメリカ人のみならず、日本人にとっても魂の故郷への導きの歌なのだ。

私はここに「アメイジング・グレイス」の誕生秘話を紹介できることを幸せに思う。私の人生は波乱万丈だったが、それらのこともこの本を書き表すために経験しなければならないことだったのだと思う。人生で起きる出来事に意味のないものはない。それすらも天の導きなのだ。

この本が私たちの原点について考える契機になれば幸いである。

平成二十八年(二〇一六)二月吉日

                      千葉県佐倉市の寓居・暁星庵で 著者記す

 


『アメイジング・グレイス――魂の夜明け』出版予定のお知らせ」への3件のフィードバック

  1. どうも私の性分は昔から変わぬ様であります。具体的にはある文章を読み始め違和感を感じますとその意味合いを執筆者に照会したりあるいは誤植なのか?気になり出しまして出版社を通して著者に照会したりしてしまうのであります。その延長線上で受け止めましたことは、冒頭の書き出しに「西アフルカの奴隷島」と表記されています。この意味合いは、原語発音からくる表記なのでしょうか?それとも「アフリカ」とすべき誤植なのでしょうか?読み始めてついつまずきますと立ち上がるのに時間を要してしまう「癖」がなかなか治りません。(自分のことをすっかり棚に上げ、記述する恥らいをお許しください。)

    1. 西アフリカの誤植のご指摘、ありがとうございました。早速訂正しました。お気づきの点があれば、また教えてください。

  2. 白い巨塔の主題歌を歌ったヘイリーさんは、オーストラリア人ではなく、ニュージーランド人ではないでしょうか?
    素晴らしいお話しですね。ぜひ購入して読ませていただきます。神渡先生が長い時間をかけて取材、執筆され、この本に込めた大切な思いを感じさせていただきたいと思います。

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