中村天風「幸せを呼び込む」思考 神渡 良平著 講談社+α新書 - 五 「生き仏」石川素童老師

桑原健輔さんの抜粋の第8回目です。

中村天風「幸せを呼び込む」思考     神渡 良平著  講談社+α新書

 

1-5 天風さんが瞑想した岩で
1-5 天風さんが瞑想した岩で

五 「生き仏」石川素童老師

 

  「すなわち、人間はそれ自身を宇宙の創造を司る偉大な力を持つ宇宙霊と自由に交流、結合し得る資格をもっている。資格があるから、同時にこれと共同活動を行なわせることもできるのは当然のことであり、そうすることによって万事を想うままに成就できるのである。

 その資格は、身分でもなく、学問のあるなしでもなく、器量の良し悪しでもなく、人間であればどんな人間でも持っている」(『運命を拓く』中村天風著 講談社)

 素童老師と天風の初めての出会い

  中村天風がつかんでいたものが、どれほど特異なものであったかを示すエピソードがある。

 曹洞宗総本山の總持寺の石川素童管長(一八四二~一九二〇)は信徒から生き仏として渇仰され、曹洞宗を中興するに至った稀代の名僧である。

 あるとき、仏教運動家の田中舎身居士が鶴見の總持寺で開かれる南条文雄(文学博士で僧侶)の講演会に天風を誘った。田中は山岡鉄舟に心酔しており、山岡同様、座禅を組んだまま死を迎えるのだと豪語していた。そして事実、座禅を組んだまま他界したという。 さて二人は庫裏の一室に通された。部屋にはすでに”東洋のネルソン”と呼ばれていた東郷平八郎元帥や、昭和天皇のご進講を務めている儒学者の杉浦重剛が来ていた。天風より年上の人もいるが、みんな師弟の礼を取っている。

 老僧は愛想よく接待している。きわめて腰が低い。二人は老僧から差し出されるままに茶菓子を味わい、茶を喫した。そこえ南条が入室してきて、老僧がいるのを見ると、田中に、「ちょうどいい。石川大上人をご紹介しよう」と切り出したのだ。南条が礼を尽くして丁重に紹介するさまを見て、天風は老僧が石川素童老師であることを知った。

(ははぁ、道理で普通の人とは違い、風格のある僧だと思った・・・)

 素童老師は田中と初対面の挨拶がすむと、やおら南条に、

「ところで、あの若いお方はどなたじゃな?」

と訊いた。眼光炯々としている天風が気になったらしい。しかし南条は天風とは初対面なのでよく知らない。そこで田中が助け舟を出した。

「この方は中村天風先生といい、頭山満翁の秘蔵っ子でして、かっては玄洋社の豹と呼ばれていました。しかし、肺結核を患って死に直面したものの、ヒマラヤでの修行によって悟りを開いてからというもの、人間がまるで変わってしまいました。

 今では人生哲学を説く先生となって、多くの人を指導しています。そこにおられる方々は天風先生の弟子であります」

 すると素童老師はさもありなんという顔をして言った。

「そうじゃろう。確かに抜きん出た人だ。少なくともあんたたちよりはね。眼でわかる」

 そして天風に向き直ると、じっと眼に見入り、

「蒼龍、やがて雲霄(大空)に昇ろう!」

と言った。ところが天風はありがたがるふうもなく、恬淡としている。 

「ご配慮ありがとうございます。でももう雲霄(大空)に昇りつつあるといえます」

「そうか、もうそうなっているのか。それでいい。ところでみなさん、愚僧の居室に来ませんか。もう少し、この人と話がしてみたい」

 老師は一同を居室に案内すると、みんなに布団を勧め、自分も座布団を敷いて座った。

 

 悟りは尽きない

  見ると二枚重ねである。そこで天風はしゃあしゃと尋ねた。ざっくばらんな砕けた口調に変わっている。

「どうして老師だけが二枚なんで?」

 老師はそれには答えず、床の上に置いてある木魚を指した。三枚の座布団が敷いてある。つまり木魚でさえ三枚敷いておるから、わしは二枚敷いているんじゃという意味なのだろう。

 すると天衣無縫な天風はふと立ち上がって木魚の前に座り、傍らに置いてあった打ち棒でポクポク叩き出した。信じられない行動に、みんな唖然としている。

 やがて叩き終わって木魚に一礼し、自分の席に戻ると思いきや、今度はいきなり老師の頭をポクポク叩き出したのだ。

 これには老師は驚いた。ついつい「何をする!」と怒鳴ってしまった。すると天風はにっこり笑って答えた。

「木魚はいくら叩いても怒らんのに、貴僧はちょっと叩いただけで怒った。まだまだ修行が足りないようですな。その座布団は私がもらいましょう」

 そう言って老師から一枚取ると、自分の下に敷いて、どっかと座った。

 意表をつく仕草に老師は禿頭を撫でながら、

「まいった。禅定五十年、いまだ徹せざるものに徹し得ました。ありがとうございました」

 と深々とお辞儀した。すると傍らにいた杉浦重剛が訊いた。

「生き仏といわれる老師ですら、なおそう言われるのですか?」

 すると老師はいかにも満足げににっこりと笑い、

「悟諦これ無尽蔵」

 と答えた。悟り尽きないという意味である。一部始終を黙って見ていた東郷はそれに相槌を打ち、

「その通りです」

 とうなずいた。老師は天風より三十五歳年上だ。普通だったら、天風が老師に弟子入りするところだが、老師が天風に弟子入りしたいという。

 そこで天風は老師に訊いた。

「老師はすでに悟入徹底の方とお見受けしますが、何の用があって私ごとき若輩者の指導を受けようとなさるんですか」

 そこで老師はしみじみと真情を吐露した。

「悟入徹底未だしです。ましてや、み仏の教えを実践するにおいては、天風先生のお教えは具体的でとてもヒントになります。どうぞお願いいたします」

 こうして石川老師は親しくしていた杉浦重剛といっしょに、東京・音羽の護国寺にある月光殿に足しげく通った。

 生き仏とまで讃えられた石川素童老師は、『論語』の「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」の言葉のとおり、天風に師弟の礼を取ったのだが、それは世間体とかメンツを超えた見事なものだった。

 老師と天風の交流は遷化される大正九(一九二〇)年まで熱心に続いた。

 この一例を見ても、天風がつかんでいた境地がどれほど高いものであったか、想像できよう。

 

  人生は神と自分の共同作用

 その天風が語っている極めて重要なメッセージが、この節の冒頭に掲げた文章である。天風はこのメッセージに、さらにこうつけ加えている。

だから本当に生き甲斐のある人生を活きるには、これと共同活動をすればいいわけである。これを悟れば、実に堂々とした人生を活きられることになる。

 このことが正しく理解され実行されてはじめて、人間としての本当の生き甲斐ある人生が築けるのである。これを忘れてしまうからいけない。離れ離れになってしまうので自分だけ放り出されたような気持ちになる。それはとんでもない誤りである。

 生きていることが、人間が宇宙霊の力に抱かれている証拠である。この荘厳なる事実を絶対に忘れてはいけない」

 天風は人生を実りあるものにしたいと思ったら、宇宙霊との結びつきを堅固にし、宇宙霊との共同作用として人生を送るべきだというのだ。

 私はこの年になってみて、そのことがしみじみとわかる。

 人生は神と自分との共同作用なのである。私たち人間の人生のシナリオは先々のことを見通しておられる天が書いておられるので、私たちは現状に不満を抱くのではなく、そこを通過しなければならない何らかの意図があるに違いないと思って、それを受け入れ、その状況の中で精いっぱいの努力をすれば、自ずから道が開け、自分の能力も花開いて、縁あって出会わせていただいた方々に喜んでいただける人生になっていく。

 天風は強調する。

「生きていることが、人間が宇宙霊の力にいだかれている証拠である。この荘厳なる事実を絶対に忘れてはいけない」

 遅かったと思うことはない。このことの重要さが身にしみてわかるため、遠回りしただけだ。遠回りした分、人生はこれから開けていくのだ。

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