週刊「先見経済」 連載104

東日本大震災と素晴らしい果実

週刊「先見経済」 連載104

4月23日付の読売新聞夕刊が、日本文学研究の第一人者で、日本文化を欧米へ広く紹介してきたドナルド・キーン米コロンビア大学名誉教授(88)が日本国籍を取得し、永住を決意したと報じた。マグニチュード9という世界最大級の地震に見舞われながら、それを従容と受けとめ、お互いに助け合って復興に立ち上がった日本人を見て感動し、「日本は震災後、さらに立派な国になる」と確信し、永住を決したという。
キーン氏は青年時代、日本文学を考察するなかで、人間観と人生観を養い、「日本という国がなかったら、果たしてまともな人間になれたかどうか」とまで語っている。
キーン氏は米海軍兵士として、日本が太平洋戦争の焼け跡から敢然と立ち直っていった姿を見ているから、今回もこの惨状を乗りこえ、さらに立派な国になると信じるという。
また作家の高見順が太平洋戦争末期、我慢強く疎開する人々を東京・上野駅で見かけ、「こうした人々と共に生き、共に死にたい」と日記に書いていることにも触れ、「私は今、高見さんの気持ちが分かる」とも語っている。
多くの外国人が放射能の危難を恐れて日本を脱出するという時期に、よくぞ日本に帰化し、永住するというから頭が下がった。
いや日本は太平洋戦争の傷跡から立ち直ったばかりではない。長崎、広島で原爆が炸裂し、その後何十年も後遺症に苦しむという人類初めての悲劇を経験しながら、誰も恨むことなく立ち直ってきた。今度も福島第一原発の放射能被害によって強制疎開を余儀なくされた人が、「私には東京電力を恨むことはできません。あの方々も被害者であり、原発事故を鎮圧するために防護服を着て、必死に事故処理に当たっておられます」と語っておられるのを聞いて涙を禁じえなかった。
 この精神の高さはどこから来るのだろう。市井の無名の市民の中にすらあるこの精神の気高さがキーン氏をして日本への帰化と永住を決意させたのだ。
私はこの原発事故がよその国で起きたのではなく日本で起きたことに感謝したい。日本だったらパニックに陥って、人を非難して恨みつらみの泥沼に化してしまうのではなく、この危難を見事に乗り切って、世界に範を示すことができると思う。いやできるからこそ、天はこの厄災を敢えて日本に下されたのではなかろうか。
安岡正篤は『東洋的学風』(島津書房)にこう書いている。
「日本の民族精神・民族文化といえば、その根本にまずもって神道を考えねばならぬ。その神道の根本思想の一つに『むすび』ということがある。むすびということから人生すべての事が始まる。
 仏教の言葉でいえば、『縁起』である。ある事が縁によって因となり、果を生じる。すぐれた因が、すぐれた縁で、すぐれた果を生じる。勝因・善因が勝縁・善縁によって、勝果・善果を結ぶ。このむすびほど不思議なものはない」
 今回の一件悲劇であり大惨事とも見える厄災も、日本人だったらすぐれた果に結びつけてくれると期待してのことではなかろうか。その期待に見事に応えたい。そして紛争に明け暮れる世界に対して、別な道があるのではと提言できる日本でありたいと思う。