福島県法人会新年号

天は自ら助ける者を助く ~ 西アフリカに見た自助の精神~

福島県法人会新年号

西アフリカの奴隷島を訪ねる
去る11月、名曲「アメイジング・グレイス」の誕生秘話を小説にするために、西アフリカのセネガルとガンビアに行ってきた。両国とも奴隷貿易の拠点となっていた奴隷島が残っていて、世界遺産にも指定されているので、ぜひ現場を見たいと思ったのだ。
この讃美歌はイギリスのジョン・ニュートン牧師によって書かれたものである。ニュートン牧師は牧師として奉職する前はアフリカ航路の船長として奴隷貿易に従事し、アメリカとの間で三角貿易を行っていた。一時は道を踏み外し、人非人にまで落ちていたのに、今は人々の霊的生活に奉仕する聖職者になれたことを感謝しつつ、かつて黒人に非道なことをしてしまったという懺悔の思いから書いたのがこの歌詞である。
讃美歌に込められた思いが深かったこともあり、この歌は長年虐げられた者たちに共感され、アメリカではまず黒人やインデアンの間に広まっていった。「アメイジング・グレイス」が白人たちにも広がっていったのは、1960年代後半、アメリカがベトナム戦争で敗れて深く傷つき、政府も軍も何もかも信じられなくなり、人間不信の荒野になっていたとき、フォーク歌手ジョーン・バエズのバックコーラスをしていたジュディ・コリンズが楽器無しのアカペラでこの歌を歌いだしたことからだ。
 すると不毛の砂漠に水が染み込み、緑の大地に蘇っていくように、アメリカは再び信仰を取り戻し、「アメイジング・グレイス」は第2の国歌と呼ばれるようになった。
昨年、イギリスでジョン・ニュートン牧師の足跡を調べ上げた私は、奴隷貿易を被害者の側から眺めてみたいと思い、このほど西アフリカのセネガルとガンビアを訪れ、ゴレ島とジャンジャンビレ島という2つの奴隷島を取材した。しかし一方で教えられる出来事にも出合った。

日本ガンビア友の会の教育援助活動
私は今回日本ガンビア友の会の世話人代表として、500名あまりの中高校生たちに奨学金を出している阿野美智子さんに同道し、ガンビアで阿野さんの右腕となって働いている高校教師エブライマ・ジャダマさんの家に投宿した。
エブライマさんはガンビア川の中流域のジマンサ村の出身である。家は貧しい農家で、親は学校に行くよりも家の農作業を手伝えと言っていた。でも村の生活に埋没して人生を終わりたくなかったエブライマ少年は親に隠れて勉強し、優秀な成績で中学を卒業した。しかし親はエブライマさんを高校に進学させるつもりはなく、もちろん資力もなかった。
エブライマさんは高校に行くには自分で方法を見つけるしかなかった。そこで田舎を飛び出して首都のバンジュールに出てきて進学の道を模索した。そして運よくカトリックの修道女の援助を受けて工業高校に進んだ。そこからさらに授業料が免除されている短大に進み、中学校の教師になった。
しかし彼はそれで満足しなかった。なんとしても大学に進み、高校教師になりたかった。でも大学に進むには多額の授業料を納めなければならない。手許には一銭のお金も無かった。
そんなある日、日本ガンビア友の会という組織が奨学金を出していることを知った。世話人代表の阿野さんは若い頃、西アフリカを旅行したことから、ガンビアの発展に寄与したいと思った。中学生なら年間5000円あれば、1年間中学に通うことができる。高校生なら年間1万円あれば高校に通うことができる。国家100年の計は教育にあると思う阿野さんは、奨学金を工面して、向学心のある生徒たちを援助しようと思い立った。
阿野さんはさいたま市に住んでいるごく普通の整体師で、決して豊かではない。でも阿野さんが健気なことをやっていることを知って、援助してくださる方々が次第に増え、お客さまがカンパしてくださったり、PTAや婦人会がバザーを開いてくださるようになった。最初は細々と始まった教育援助だったが、今では500名もの生徒達の奨学金を出せるようになった。
阿野さんはエブライマさんの燃えるような向上心に心を動かされ、何とか援助したいと思った。しかし日本ガンビア友の会では中高生の奨学金は出すけれども、大学生の奨学金までは出さない。大学生1人の奨学金で、約18名の高校生を学ばせることができるのだ。エブライマさんに奨学金を出せば、18名の高校生が学校に行けなくなる。どうしたものかと悩んでいたところに幸運の女神が現れた。
阿野さんは奨学金を出してくださる方々に、一度ガンビアの実情を見てみませんかと毎年ツアーを企画している。これに毎年10名前後の人が参加するのだが、ある年女子大生が参加した。彼女はエブライマさんに会ってみて心を動かされた。年間18万円あれば、大学の授業料を払えるという。それならば、自分がアルバイトをすれば何とか作れるのではないか。そう考えた女子大生は援助を申し出た。
こうして彼女は4年間授業料を送り続け、エブライマさんは無事ガンビア大学を卒業し、高校の教師となった。大学を卒業しても就職先がないので、多くの卒業生はあらゆる機会をつかんで欧米に移住してしまうが、エブライマさんはガンビアに残って、租国の発展に寄与しようと決意した。ガンビアを発展させるためには、自分のような者が国に踏みとどまらなければいけないと思ったのだ。
今回私も一緒に各村々を回り、中高校に奨学金を届ける仕事の手伝いをした。エブライマさんは奨学金を受け取る中高校生にくり返しくり返し訴えた。
「みんなはテレビニュースで、日本は世界最大級の大地震と津波に襲われ、そこに原発事故まで加わって、歴史始まって以来の苦難のさなかにあると知っているでしょう。そういう事情だから、私も今年は奨学金の援助は打ち切られるかもしれないと思っていました。ところが阿野さんたちは何とか工面して奨学金を持って駆けつけてくださいました。
 私はそれだけでもう感激しました。この奨学金は金持ちが余っている資金を提供しているお金ではありません。自分たちもカツガツなのに、それでも援助はストップしないという日本の方々の心意気を皆さんも感じ取って、来年もしっかり勉強してください」
エブライマさんの訴えは例年以上に熱を帯び、生徒たちの心にしみこんでいた。

ガンビアの母親役を果している阿野美智子さん
私が滞在中、ある女子高校生が阿野さんを訪ねてきた。奨学金を出して欲しいというのだ。話を聞いた阿野さんは、「じゃあ、成績表を見せてちょうだい」と言った。ところがその子の成績は9段階評価の下から3番目だった。つまりその子の成績では、日本・ガンビア友の会の奨学金はもらえない。
それで阿野さんはその子に答えた。
「私たちの奨学金は上位の成績の生徒たちに出しているのよ。それからするとあなたの成績では奨学金を受ける資格がないとえるわね」
でもその子は食い下がり、奨学金をもらえなければ、高校を中退するしかないから、ぜひ出してほしいと訴えた。私は阿野さんがどう対処するか、興味が深かった。
阿野さんは真剣に話しかけた。
「あなたの窮状を理解して奨学金を出すとすると、あなたより成績がよくて頑張っている子が一人もらえなくなるということなの。それでも奨学金をもらいたい?
 この成績じゃ、奨学金はもらえないわね。本当に奨学金をもらいたかったら、もっともっと勉強して上位に食い込まなきゃ。あなたの頑張りようをみて、私たちが奨学金を出してあげたいと思うようになりなさいよ」
残念ながら私にもその子は真剣に努力しているようには見えなかった。しぐさのそこここに、ちょっと生活がすさんでいるのではと危惧させるものさえあった。
「私たちは真剣なの。もしあなたに勉学を続けたいという真剣さがあったら、もっともっと成績を上げて、来年また面接にいらっしゃい。成績がよくなって、あなたにもっと真剣さが見られたら、奨学金を出しましょう」
 そう言われて、その子は気持ちを引き締めたようだ。やる気をかきたてられて帰っていった女子高校生を見送りながら、私は阿野さんがガンビアの子どもたちを叱責し、激励することによって、よき母親役を果しているなと思った。
 日本ガンビア友の会の奨学金を受けることができる資格は厳しい。成績が上位から落ちたら、翌年の奨学金はもらえない。だから生徒たちも真剣に勉強する。出しっぱなし、もらいっぱなしということがないから、生きた奨学金になっているのだ。
 奨学生たちの成績の審査はエブライマさんが行い、それを阿野さんがチェックして最終決定としている。
「それが奨学金を出してくださった方々への、せめてもの恩返しです。今年は円高のおかげで、650名の生徒たちに奨学金を支給できました」
 阿野さんはどこまでも真剣だ。
 漢学者の安岡正篤は常々「有名無力、無名有力」と語っていた。
「人は誰でも有名になりたいと思って努力する。その刻苦勉励の日々によって、名前が上がり、ひとかどの人物になるのだが、ひとたび名があがり地位名誉を得ると、そこから惰弱が始まり、いつしか無力な人間になりさがってしまうことがある。
 ところが世の中にはまったく無名ではあるけれども、その内容において、頭が下がるような有力な生き方をしている人々がある。世の中の健全さというものはそういう無名有力な人々によって保たれている。私も無名有力な生き方ができるものでありたい」
 私は安岡の慧眼の言葉を思い起こし、阿野さんこそは無名有力な人だなと思い、大いに励まされたのだった。

天は自ら助ける者を助く
戦前は満州の建国大学で教え、戦後は神戸大学で教鞭を取り、「国民教育の父」と尊敬された森信三は、志についてこんな含蓄のあることを語っている。
「ローソクは火を点されなければ明るくならない。同様に人間は志に火が点かなかったらその人の真価が発揮されることはない」(『修身教授録』致知出版社)
 人間性への深い洞察がなければ、見落としてしまうところだが、森はその教育で「志を育てる」ことに注力した。
「私は今生の人生ではこれこれのことだけはなし遂げておきたい」
 という燃えるような情熱があったとき、あらゆる難関を突破して、ついに初期の目的を完遂するのだ。
前述のエブライマさんの例を考えてみると、彼の燃えるような向上心が応援しようという人々を吸い寄せ、幸運を作りだしたといえるのではなかろうか。
古来から「天は自ら助ける者を助く」という。
ここに洋の東西を超えた真理がある。心さえ折れなければ、地道な努力を続ける者は必ず幸運を呼び込むのだ。また心さえ折れなければ、あらゆる逆境はその人の足腰を強くし、飛躍の時をもたらすのだ。