『中村天風人間学』 序文

※これは八月に出版される『中村天風人間学』(PHP研究所)に収録する予定です。

はじめに

 

 

中村天風先生と宇宙飛行士シュワイカート

私は平成二十五年(二〇一三)十二月、中村天風先生が修行されたヒマラヤの山村を再び訪ね、彼がそこで開眼したものに思いをはせた。そのうちに天風先生が開眼したものは、宇宙飛行士のラッセル・シュワイカートが体験したものと極めて似かよっていると思うようになった。私はシュワイカートが国際会議に出席するため京都に来たとき、インタビューしたことがあり、そのとき彼が言及したことを鮮明に覚えている。

一九六九年三月、シュワイカートは月着陸船アポロ9号に乗って地球を飛びたった。飛行中、シュワイカートは月着陸船のハッチを開けて外に出て、船外活動を撮影されることになっていた。ところが撮影の直前になって、撮影担当のスコット飛行士のカメラに不具合が生じたので、いったん船内に戻って、カメラを取り換えてくるから、ちょっと待ってくれということになった。シュワイカートは何することもなく、月着陸船の外にただ一人、取り残されてしまった。

「私はたった一人、何もなすことなく宇宙空間に取り残されました。それは時間にして、わずか五分くらいのことでしかありません。しかし、その五分間が私にとっては、人生において最も充実した五分となりました。人間にとって、大きな世界観の変化というものは、得てして、何もすることがないときに起きるものかもしれないね」

シュワイカートは、私は宇宙で最初の失業者ですと笑った。

「宇宙船の中にいるのと、宇宙服を着て宇宙空間に浮かんでいるのとでは、同じ宇宙体験といっても、全く質のちがう体験です。宇宙船の中はモーターのうなりとか、人の声とか、さまざまの雑音があります。

しかし、宇宙空間に浮かんでいる間は、完璧な静寂に閉ざされていました。そのとき以外全く経験したことがない無音の世界でした。宇宙船の中からは、小さな窓を通してしか外を見ることはできませんが、宇宙服のヘルメットは視野をさえぎるものが何もないのです。無重力のため宇宙服も感じず、素っ裸で、たった一人で、宇宙に浮いているような感じでした」

下を見ると、地球がそこにあった。夜明けと共に水平線から太陽の光は束になって一気に広がり、地球全体を真っ赤に染めあげる。それが次第に美しいブルーと白に変わる。地球という惑星の色は、ブルーと白。すなわち大部分が、水。私たちは文字通り、水の惑星に住んでいるのだ。地球の美しさを描写するときのシュワイカートは、次第に興奮した。

「宇宙から見た地球の美しさは、言葉にできません。繊細なガラス玉のような水の惑星が、真っ黒な宇宙空間に浮かび上がっているのを見たとき、頬ずりしたいようないとおしさを感じました。私は地球と抱擁し、地球上の生命あるものすべてと抱擁したのです。そして地球もまた、私をやさしく抱きしめてくれました。

時速一万七千マイルで飛んでいるはずなのに、そのスピードを実感させるものは何もない。そのとき、ある思いが湧きあがりました。

どうして私はここにいるんだ? 

何が起こってるんだ? 

私は誰だ?

 そして突然悟りました。ここにいるのは、私ではなく『我々』なんだ。地球に育まれた命が宇宙に生まれ出る瞬間なんだ。『私』という命が地球という『子宮』に育まれ、今、宇宙に産み出された(コズミック・バース)のだと。生けとし生けるものはすべて、この地球という母なる星と切っても切れない関係にある、と」

シュワイカートはコペルニクス的転換を経験したのだ。

 

 初歩的だが、しかし根源的な問い

 私は興味をそそられて、シュワイカートに訊ねた。

「宇宙飛行士の中には、あなたのように人生観が百八十度変わった人と、それほどでもない人の二通りありますが、どうしてですか?」

 すると、明確な答えが返ってきた。

「宇宙体験といっても、宇宙船の中にいるかぎり、超高空を飛ぶ飛行機の中とそれほどちがうものではありません。宇宙船の中では与えられた任務を次々にこなすことに忙しくて、ものを考えている暇はないんです。

だから多くの宇宙飛行士にとって、宇宙飛行はマニュアルに従って、スイッチ、ダイヤル、計器、エンジンなどをいじり、フライトプランと実験計画を遂行しただけで終わってしまいます。〝意味〟を問うことをしないからです。だからせっかく宇宙を飛ぶという類いまれなる体験を持ったのに、それを全く無意味のうちに終わらせているんです」

 それを聞いていて私は思い当たる節がいっぱいあった。多忙ということは、その業務をこなすのに精いっぱいで、肝心要のことを忘却してしまうことになりかねない。日常の業務に忙殺されて、根本的命題である、

「私は何をするために、この世に生まれて来たのか?」

 を問わない。ということは、カリアッパ師がオラビンダに、まったく初歩的で、しかしながら極めて本質的な問いを投げかけたのは、意味があったのだ。

シュワイカートは「何もしないボーッとした時間が、私に覚醒をもたらしてくれた」と明言したが、何もしない時間というのが、実は有意義なのだ。

シュワイカートがヘルメット越しに見た宇宙は、オラビンダが夜ごと見上げて感動していた星空と同じだった。シュワイカートは個の狭い意識を取り払らわれ、「われわれは地球という生命体の中の一つである」という意識に高められたが、天風先生もまた《生命共同体》という覚醒を得たのだ。

 

宇宙が再誕生しつつある時代

天風先生はこの開眼をヒマラヤの山中で得た。シュワイカートは時代の最先端を行く宇宙飛行中、同じことを開眼している。前者は大正元年(一九一二)年、後者は昭和四十四年(一九六九)の経験で、約五十七年の開きがあるが、極めて通じるものがある。シュワイカートは「私たちは宇宙的誕生(コズミック・バース)の時代に生きているんです」と言ったが、天風先生は時代の最先端を行っていたのだ。

それでは、コズミック・バースの時代、再度万物の霊長として復権するためにはどうしたらいいのだろうか。それには自分の人生の主人公にすらなり得ていない現状を超え、心の用い方に習熟し、自分の人生の主人公となり、人生をさっそうと生きなければいけない。そういう意味で、天風先生のメッセージを再度学び直す必要がある。

生きとし生けもののいのちは響き合っている。そのいのちのハーモニーのタクトを振るのは、われわれ人間である。すべてを生かして、見事な演奏を奏でたいものである。

平成二十六年(二〇一四)六月吉日 千葉県佐倉市の暁星庵にて

著者識