月別アーカイブ: 2020年7月

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沈黙の響き (その5)

2020.7.25

「沈黙の響き」その5

イエスが姦淫の女に示した愛

 

 今回も名曲「ユー・レイズ・ミー・アップ」を巡って、雑感をお届けします。「ユー・レイズ・ミー・アップ」はスマホの動画を検索して聴いてください。歌詞の中で使われている「raise(抱き起す。勇気づける)からこんなことが連想されました。

 

「ヨハネによる福音書」第八章に、姦淫(かんいん)を犯した現場で捕らえられ、イエスのところに引き立てられてきた女のことが書かれています。律法(トーラー)では姦淫を犯せば石打ちの刑で死刑に処すと定められているので、イエスがユダヤの律法を遵守(じゅんしゅ)するのであれば、この女は石打ちの刑にしなければなりません。だから祭司、律法学者、それにパリサイ(びと)などのユダヤの指導者たちは女を引き立ててイエスの前に突き出し、どう裁くのかと迫りました。イエスが反ユダヤ的であると告発するのに、恰好な出来事が起きたのです。

 

律法とは神が祭司や預言者を通じて示した生活と行動の細かい規範のことで、狭義では『モーセ五書』に依拠します。パリサイ派、もしくはパリサイ(びと)とは、律法を厳格に守り、細部に至るまで忠実に実行することによって神の正義を実現しようとする人々ですが、形式に従うだけの偽善に陥ってしまったので、偽善者の代名詞になってしまいました。

 

律法学者やパリサイ人が『モーセ五書』を持ちだして裁く限り、誰も反対することができず、姦淫を犯した女は石打ちの刑によって殺されるしかありません。律法学者やパリサイ人は姦淫の女をイエスがどう裁くかを見ることによって、イエスは正統派のユダヤ教徒なのか、それとも異端なのかを判別し、イエス糾弾の根拠としようとしたのです。一歩間違えば、イエス自身が糾弾の矢面に立たされてしまいます。

 

イエスは身をかがめ、黙って指で地面に何か書かれ、騒ぎに巻き込まれません。祭司や律法学者、パリサイ人がやかましく責め立てるので、イエスは身を起して言われました。誰も責めることはしない、静かな、哀しみさえ含んでいる口調でした。

「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げなさい」 

ずしりと重たい言葉が発せられました。祭司や律法学者はみんな絶句してしまい、振り上げていた拳を下すことができません。気まずくなって、一人去り、二人去りして、みんないなくなってしまいました。

 

ついに女だけになると、イエスは身を起して訊かれました。

「女よ、みんなはどこに行ったのか。あなたを罰する者はなかったのですか」

「主よ、……誰もありません」

イエスもひとこと言われました。

「わたしもあなたを罰しません。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」

 そこには(とが)めるような態度は全然ありませんでした。しかし天地の理法の前に厳然と立たされ、もう罪はくり返すまいと、堅く誓いました。

 

イエスは身をもって女をかばい、助け起こして(raise)くださいました。You raise me up というフレーズは、「主よ、あなたがわたしを助け起こし、気持ちを強く持たせ、背中を押してくださいました」という意味でもあります。こういうふうに一つの曲が二つにも三つにも異なったふうに解釈され、全世界に広がっていきました(続く)。


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沈黙の響き (その4)

2020.7.25

楽曲「ユー・レイズ・ミー・アップ」は人生の応援歌だ

 

 

アッシジのフランチェスコはなぜあれほどまでにイエスに惹かれたのだろうか――。

わたしはその理由を窓から射す淡い星明りに照らされた病室で考えました。そのとき、どこからともなく「ユー・レイズ・ミー・アップ」(You Raise Me Up=あなたがわたしに勇気をくれた)のメロディーが聴こえてきました。

 

ユーチューブで「ユー・レイズ・ミー・アップ」を検索すると、深夜のゲッセマネの園で血の汗を流して祈られるイエスの動画を背景に、「ユー・レイズ・ミー・アップ」が流れてきました。映像は(もや)がかかった木立ちを背景にして、イエスやペテロやヨハネが黒いシルエットで描かれており、しみじみと迫ってくるものがありました。

 

 ♪とても気が滅入って 苦境に遭って心が折れそうになるとき

 静けさの中でわたしはじっと待っている 

あなたがここに来て座ってくれるのを

 

 あなたがわたしに勇気をくれた だから山頂にさえ立てるんです

 あなたがわたしの背中を押してくれました この荒波を越えるようにと

 わたしは強くなれる あなたの支えがある限り

あなたがわたしを励ましてくれました

わたしが思っている以上に

 

歌唱はサビの部分に入り、人生の伴侶によって限りない力を得て、道が開けていったことを感謝して、アーティストが声の限りに歌います。まさに魂の叫びがほとばしり出ます。

 

♪あなたはこんなわたしでも立ち上がらせてくれました

嵐が吹き荒れる荒海を乗り越えるようにと

あなたは頼りないわたしを励ましてくれました

だから山頂にさえ立つことができます

わたしは強くなれる あなたの支えがある限り

あなたが背中を押してくれました

あなたが想像している以上に

 

聴き終えた瞬間、これはフランチェスコがもっともイエスに言いたかったことではないか! と感じ入りました。フランチェスコが小さき兄弟会という修道会を立ち上げ、それがカトリック教会自体を刷新していったのも、すべてはイエスに励まされて形になったのでした。わたしは何度もこの曲に聴き入り、フランチェスコの力の源泉だったイエスのことを偲びました。

 

 この楽曲はアイルランドとノルウェーのミュージシャン、シークレット・ガーデンが作ったもので、二〇〇三年、アイルランドの歌手ダニエル・オドネルがカバーしてヒットし、その後、多くのアーティストが歌うようになりました。日本ではアイルランドの五人組ケルティック・ウーマンが歌っているカバーが有名ですが、わたしは老境に差しかかったオランダの歌手マーティン・ハーケンスが自分の人生を振り返りながら、テノールの渋い声でしっとりと歌っているのがなおいっそう心に響きます。

 

聞けばハーケンスはテノールのオペラ歌手を目指したけれども念願を果たせず、食べるためにパン職人になったそうです。その間もレッスンを続けましたが、チャンスは訪れず、挙句の果ては失職してしまいました。ハーケンスは路上ミュージシャンとなって、街頭で歌を披露し、なにがしかの献金をもらって生計を立てていました。

 

それを娘さんが見るに見かねて、本人に無断でテレビのオーディション番組に応募したところ、あれよあれよという間に勝ち抜いて、とうとう優勝してしまいました。ご褒美はCDの発売で、とうとう念願のデビューを果たしました。このときハーケンスはすでに五十七歳になっていました。ハーケンスは「ユー・レイズ・ミー・アップ」で描かれているような人生を経験し、辛酸を()め尽くしたからこそ、人々の心に響くような歌を届けることができたのです。

 

人生はうまく行っている場合だけではありません。どんなに頑張ってもうまくいかず、疲れ果て、うずくまってしまうときもあります。そんなとき、誰かが隣に座り、話を聴いてくれ、悲しみを分かちあってくれたら、どんなに気持ちが晴れ、もう一度挑戦しようという気力が沸くものです。

 


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沈黙の響き (その3)

2020.7.16

 突然の閃光と雷鳴

 

病院での闘病生活は回復を待つ安穏な日々だけではありません。ちょっとしたことで気持ちを乱し、落ち込んだりしました。落ち込むと、悪い方へ悪い方へと邪推(じゃすい)してしまい、それにからめとられて八方ふさがりになってしまいます。

 

その日も深夜の病室の薄暗がりの中で、わたしは独り落ち込んでいました。

自分のような者に、今さら何ができるというのだ……。

結局なにも達成できないまま、人生の終わりを迎えるのではないか……。

そんな無力感にさいなまされていました。風雨が暗い窓ガラスを叩き、涙のように斜めに流れていきます。その向こうに町の明かりが点々と見えていました。

 

そのとき、突然閃光(せんこう)が走り、町が昼間のように明るくなった次の瞬間、ドーンという度肝を抜くような雷鳴が(とどろ)き渡りました。そしてその中からひそやかな声が聞こえてきました。

〈お前の負け犬のようなその考えはなんだ。

これほどまで丁寧にお前を導き、さまざまなことに気づかせ、苦境を乗り越えさせ、それを通して世の中に有用なメッセージを送ろうとしているのに、肝心なお前がへこんでいてどうするのだ!〉

 

再び稲妻が走り、風雨はますます激しさを増しています。再度雷鳴が鳴り、わたしの弱気も吹き飛ばされました。

 

〈人にはそれぞれ使命があるんだ! 考えられないような悲惨な人生を歩まされたとしても、それを乗り越えたとき、同じような境遇で意気消沈していた人々が勇気をもらい、それぞれの壁に再挑戦してゆける! そう思って、わたしはこれまでお前とともに歩いてきたのだ。ここで潰れてしまったら元も子もないぞ。

お前は〝選ばれし者〟だ。

耐えるのだ。続けるのだ。頑張るのだ。お前ひとりのためだけじゃない。同じような境遇にある者たちの代表として、結果を出すんだ!〉

 

わたしはただただ呆然として、薄暗がりのベッドの脇にたたずんでいました。その顔が稲光で時折り照らし出されます。

 

〈わたしが〝選ばれし者〟? 

そんなことがあり得るか? 

わたしに何の価値があるというんだ。

わたしは所詮(しょせん)、負け犬のような、取るに足りない人間だ――〉

再び稲妻が走り、天地が切り裂かれました。

 

〈お前は自分の力量ばかり心配している。自分の力量ではこの世の中に通用しないんじゃないかと思っている。だから不安なんだ。

 でも、それは違うぞ! 自分の力量に目を当てて一喜一憂するのではなく、〝大いなる存在(サムシング・グレート)〟に目を当て、それに用いられるよう、誠心誠意努力することが大切なんだ。

 小手先のことに心を労するな。宇宙の意志に寄り頼め。

力を落とすな、心貧しき者よ! 神の恵みはお前に満ちている。

 恐れるな! 神は針の穴でさえラクダを通すことができる。希望は神から来るのだ。

神を信頼して突き進め……〉

〈………〉

 わたしは稲妻に打たれて正気に返りました。

 

≪希望は神から来る!≫という宇宙の真理をもう一度反芻(はんすう)させられました。

神を信じる者はへこたれない。自分の力を信じるのではなく、神の計画を信じるのだ。

 その一夜はわたしを奮起させました。神が何かをなさろうとされている。だからここでわたしが(くじ)けてはいけない、と。


白と緑と青の光の写真

沈黙の響き (その2)

2.2020.7.9

 「沈黙の響き」からインスピレーションを得たベートーヴェン

 

 多忙な生活は忙しさにかまけて大事なものを見落としてしまいます。ベートーヴェンは誰よりも「沈黙の響き」が持っているものを知っていました。ハイドンやモーツアルトから古典派音楽を受け継ぎ、これを発展させて独自の境地を切り開いたベートーヴェンは二十六、二十七歳ごろから耳がおかしくなりました。初めは雑音が聞こえてざわざわするだけだったのですが、次第に難聴が進み、オペラ劇場ではオーケストラのすぐ前に位置していないと歌手たちの声が聴き取れず、少し離れると楽器の高音部分も聴き取れなくなりました。

ベートーヴェンは長らく下痢に悩まされていたので、そこから来て聴覚もおかしくなったのではと考え、フェーリング医師の治療を受けました。フェーリング医師の勧めでダニューブ河の微温浴を試み、人には隠していました。さらに一八〇二年、ウイーン北部のハイリゲンシュタット村に転地療養しました。

ある日、ピアノの弟子フェルジナンド・リースが村を訪ねてきて、二人で散歩をしていたとき、ショッキングな出来事が起きました。リースが耳を澄まして、

「おや、どこからか笛の音が聴こえてきますね……」

と感慨深くつぶやいたのです。ところがその牧歌的な笛の響きがベートーヴェンには聴こえないのです。ベートーヴェンは、音楽家は誰よりも繊細な聴覚を持っているべきだと思っており、自分の聴覚は並外れて優れていると自信を持っていただけに狼狽(ろうばい)しました。

 音楽家にとって、耳は何よりも大切な器官です。ベートーヴェンは楽想を得るため、よく森の中を散歩しました。広大な青空に満ちた太陽の光、頬を撫でるそよ風、青々とした森の中のひそやかなせせらぎの音、そして農耕に励む農民たちの姿など、どれもこれも豊かな楽想を与えてくれました。

風雨にびっしょり濡れるのもかまわずに野山を歩き回り、時に耳をつんざくような雷鳴ですらもインスピレーションを与えてくれ、浮かんでくる曲想をスケッチしました。目で見える視覚もさることながら、聴覚はベートーヴェンにインスピレーションを与えてくれていたのです。

〈とうとう……聴力が失われ、本物のつんぼになってしまったのか!〉

この若き天才は頼みとする聴覚を失って深い苦悩に襲われました。一八〇二年十月、絶望したベートーヴェンはとうとう自殺しようとし、弟カールとヨハンに宛て遺書を書きました。「ハイリゲンシュタットの遺書」と呼ばれるものです。冷酷な運命の女神に最悪の状態に追い詰められましたが、死のうとしても死ねません。遺書にベートーヴェンの葛藤が書きつけられています。

「わたしはまだ二十八歳になったばかりで、やり残したことがある。わたしは課せられた仕事を完成しないうちは、この世を去ることはとうていできない。芸術のために、わたしはこの苦境に打ち克たなければならない!」

 遺書を書いたはずでしたが、それが芸術に身を捧げることを誓う「宣言文」となったのです。明暗二つの世界を苦しみながら、ベートーヴェンが心の恋人ジュリエッタ=ギッチアルディに捧げた有名なピアノソナタ作品二七「月光」はそのころに書かれた幻想的な作品です。静かな夜の静寂の中、語りかけるように、しめやかに伝わってくるピアノの音は、ベートーヴェンに新しい世界が訪れたことを伝えています。

 ベートーヴェンは苦難の時期を乗り越えて、一八〇三年以後の第二期に入りました。何とロマン・ロランはこの時期を「傑作の森」の時代だと呼んでいます。ベートーヴェンの親友で伝記作家のシントラーが、第五交響曲の最初に鳴り響く衝撃的な「ジャジャジャ・ジャーン」というフレーズについて尋ねると、ベートーヴェンは即座に、「運命は……このように扉を叩きます」と答えました。

宇宙からのメッセージに耳を澄ませて聴き入ったとき、聴こえてきたのがあの主題だったのです。まさに「沈黙の響き」でした。以来、第五交響曲は「運命交響曲」と呼ばれるようになりました。それに続く第六交響曲「田園」も同じ「傑作の森」の時代区分の作品です。やはりベートーヴェンはただの音楽家ではありませんでした。沈黙は決して〝無音の闇〟なのではなく、もっとも雄弁な曲想の宝庫なのです。

 聴き入る――。ひたすら心耳を澄まして聴き入るとき、人間のこざかしい作為を超えてメロディーが聴こえてきます。本書で採り上げた「アメイジング・グレイス」も「ユー・レイズ・ミー・アップ」も「風に立つライオン」も、天空に鳴り響く音楽を地上に移し替えたものです。だから多くの人が共感し、時代を超えて支持されたのです。

 音楽家にしろ、画家や作家、思想家にしろ、クリエイティブな仕事に従事している人たちはこの「沈黙の空間」を大事にし、そこで呼吸し、インスピレーションを得て、音や絵や思想で表現しました。芸術は天と自分との共同作業であり、天のメッセージを紡ぎ出すことによって、形ができ上っていきます。だからこそ芸術は永遠の生命を持っているのです。


夜の海辺

沈黙の響き (その1)

1.2020.7.1

「沈黙の響き」が意味するもの 

神渡良平

 

 昨年の9月、心臓のバイパス手術をし、一命を取り留めたことで、そのとき気づかせていただいたことを(仮)『沈黙の響き――宇宙の呼び声』として書き上げました。まだ出版社は決まっていませんが、秋には出版されるでしょう。

闘病生活と上記の本の執筆の間、私はHPを更新することがありませんでした。それを再開し、まず『沈黙の響き――宇宙の呼び声』に何を書いたのか、順次公開してまいります。

書名にはちょっと不思議な名前を付けました。それについて、第8章に、臨死状態にあったわたしのフラッシュバックに現れたアッシジのフランチェスコと、こんな会話を交わしたことを書いています。

 

 祈り求めるわたしにフランチェスコが語りかけてきました。思慮深いフランチェスコの眼差しは潤んでいました。

「その人の魂に聴き入り、その人が苦しんでいる痛みを感じ取るようになると、もはや黙って通り過ぎることはできなくなる。そこから初めて寄り添うってことが始まるんだよ」

フランチェスコの唯一の関心は、キリストにならって、人の心のしこりを解くことでした。彼は誰からも見捨てられ、ふり返られなかった人々の友でした。

「その人の魂の叫びに耳を傾けなさい。何も聞こえてこない沈黙に、さらに耳を澄まして聴き入るんです」

「〝沈黙の響き〟……ですって? 沈黙は無音じゃないんですか?」

「いやいや沈黙ほど雄弁なものはない。人は沈黙を通して語りかけてくる。沈黙はけっして無音なのではなく、かすかな響きを持っている。じっと耳を澄ますと、いつしかその響きが聴こえてくるようになり、その人とやっと心が通じるようになる。するとその人はさめざめと涙を流し、やっとわかってくださったんですねと、うれしそうに言うんだ。だから沈黙の響きに聴き入ることほど、大切なことはない」

 フランチェスコは驚いて聴き入るわたしをまじまじと見つめて説きました。

「その人への強い愛があればこそ、沈黙の響きにひたすら聴き入ることができる。愛は宇宙のエネルギーなんだ。愛は引力、つまり()きつける力だ。愛は人生を意味合いのあるものにしてくれる。だからわたしたちは神の愛を届けて、その方の人生を豊かにするんだ」

フランチェスコは驚くほど静かな人で、〝沈黙〟を味わっているかのようでした。そして沈黙にひたすら耳を傾けることがどれほど自分自身の修養になるかわからないと説きました。

「人は他人の痛みや悲しみを感じることができたとき、人に対する驕慢(きょうまん)な態度や冷淡な姿勢が消え、謙遜になるものだよ。だから、自分のためにも、人の痛みを分かち合おうとすることが大切なんだ」

わたしはフランチェスコの(ひとみ)ほど、澄んだ眼差しを見たことがありませんでした。自分に対しても、人に対しても(しん)()でした。その眼差しはわたしのあり方を正してくれました。

思えばわたしは、人の話にじっと耳を傾けることができていませんでした。音になっている声すら聞いていなかったのです。何と浅薄だったことか。聞けども聞かず、とはわたしのことでした。ああ、穴があったら入りたい……。

父親のように温かい抱擁力のあるフランチェスコはさらに続けました。

「秀でた魂であってほしい……。優れた魂であってこそ、人々を真に手助けすることができるのです。そういう人が、今ほど求められているときはないと思う」

 その静かな口調がいつしかわたしの涙を誘いました。両の瞳に涙がいっぱい貯まったかと思うと、頬にこぼれ落ちました。

〈ところがわたしは当事者としての意識はまるで希薄で、赤の他人のような顔をして通り過ぎる無責任な評論家でしかなかった。フランチェスコはわたしに今日の問題を自分自身の問題として背負い、苦しみ、道を見い出し、率先して歩いてほしいと念願していたのだ。わたしはあまりにも自分のことしか考えていなかった……〉

 思えば秀でた人々は〝沈黙〟の意味するところを知っていました。ドイツの哲学者M・ピカートは(つむ)がれる言葉の背後にある〝沈黙〟を〝深さ〟と表現しました。

「もしも言葉に沈黙の背景がなければ、言葉は深さを失ってしまうだろう」

 小説『若きウェルテルの悩み』や詩劇『ファウスト』などで圧倒的支持を得て、フリードリヒ・シラーとともにドイツ古典主義を代表したヨハン・W・V・ゲーテはその日記にこう書いています。

「言葉は聖なる沈黙に基づいている」

 ゲーテは沈黙の響きを誰よりも理解していたのです。

 

 

そういう訳で「沈黙」は大変重たいものになりました。「沈黙の響き」は神からのメッセージを内包するものでした。以下、順次、そのことを書いていきます。