日別アーカイブ: 2021年2月12日

真珠の首飾り

沈黙の響き (その35)

≪“沈黙の響き”に聴き入ることは力の源泉の一つです≫

 

  一月、オーストラリア在住の西澤利明さんが投稿された「沈黙の響き」についての文章はとても反響を呼び、いろいろな方がメールをくださいました。その中で、ある匿名希望の方は次のようなご意見を述べておられます。

「今回、オーストラリア在住の西澤さまが投稿された文章はとても深い内容で、心に沁み入って参りました。LINE上で神渡先生のウィークリーメッセージ『沈黙の響き』が始まり、そのタイトルを読んだとき、心の奥からこみ上げてくる感覚があり、共感しました。

それに去年の心臓病の手術をして九死に一生を得た体験を、『闘病生活は覚醒のときでした』と述べられたとき、そうだ、そうだと強い共感を覚えました。私自身、ナースという職業柄、多くの患者さんと接していて、闘病生活は『沈黙の響き』がもっとも聴こえやすい時で、大きな精神的脱皮のときだと常々思っていました。

 

 私は幼い頃から敏感な体質で、長じて気功や太極拳を訓練するようになり、深い呼吸ができるようになってから、共感力や共鳴力が増幅してきたように思います。ですから西澤さまが言われる「意識の波動」が実感としてわかります。

 ナースは心が病んでいる方々と日々触れています。それだけにいつも一隅を照らす者でありたいと心がけています。神渡先生はこうも語っておられます。

『この年になってようやくわかったことがあります。感動とは感じて動くことであって、頭で理解して動くということではないということです。だから世の中には“理動”という言葉はありません。共感し、共鳴することがすべての出発点で、私たちの“いのちの源泉”であるように思います。そのことがまだわかっていなかったころは、私は随分鼻持ちならない人間だっただろうなと思うと、恥ずかしくて穴に入りたいほどです』

  私も感じ取れる自分でありたいと思います。心の動きを大切にされる先生に出会えたことに心から感謝しております」

 

≪宇宙の響きが持つ深遠なメッセージ≫

 

 私がウィークリーレターのタイトルを「沈黙の響き」としたのは理由があります。「沈黙」は耳に何も聴こえず、目にも形が見えませんが、まったく「虚無」なのではありません。耳に何も聴こえず、目に何も見えないはずの沈黙ですが、かすかに響きを伴っています。それに耳を澄まして聴き入ると、いつしか天空に引き上げられ、地上のしがらみから解放されて屈託なく、とても自由になるものです。

私は昨年9月、心臓のバイパス手術をしました。体力も気力も弱り、俺が俺がという自己顕示欲が薄らぐと、自分の心に響いてくるものがありました。導かれるままに内観すると、心の奥深いところに光が見えてきて、立ち直る力が与えられると知りました。だから「沈黙の響き」に心耳を澄ますことほど大切なものはないと実感したので、このニュースレターを「沈黙の響き」としました。

 

≪“沈黙の響き”こそが芸術の源です≫

 

前にも紹介したことのある詩人の柏木満美さんから届いたメールはとても啓発されるものがあったので紹介します。

「私は西澤さんの『聴こえるか聴こえないか、見えるか見えないかという、とてもかすかな“沈黙の響き”から得られたメッセージが、敏感な繊細な魂たちによって「芸術」として表わされるのだと思います』というご意見にとても共感しました。

そしてその“沈黙の響き”に心の耳を澄まして聴き入り、そこで感じたものをそれぞれの感性によって音楽や絵画や詩文に表わしたとき、それが共感を得て広がっていくというのも私自身経験してよくわかります。その意味で、誰もが芸術家なのですね。

 そう思ったとき、その思いが禅の大家鈴木大拙老師の言葉と結びついて、ああ! またつながったと、魂が震えました。鈴木老師は23冊もの英文の著書を通して、海外に日本の禅文化を知らしめた功労者で、梅原猛先生も近代日本の最大の仏教学者だと評価されています。

その鈴木老師が『とにかく人生は詩です』と言い、私たちと芸術との関りを次のように説いています。

『我々は自然の恵みによって、人間たる以上、誰でも芸術家たることを許されている。芸術家といっても、画家とか彫刻家、音楽家、詩人という特殊な芸術家をいうのではない。“生きることの芸術家(アーティスト・オブ・ライフ)”なのである。実際のところ我々は皆、“生きることの芸術家”として生まれてきているわけである』

 芸術家というと、どうしても浮世離れした高尚な人々を想起してしまいますが、鈴木老師はそうではなく、宇宙の響きに心耳を澄ませば、人間誰しもが“生きることの芸術家”になり得るのだと力説されます。そしてこうも付け加えておられます。

『芸術家は創造という仕事に従事している。彼らの使命は神の仕事に参加することにある。このことがほんの少しでもわかるならば、芸術作品は神の魂に触れ、人間の品位を高め、人間の人格の質的変化を助成するものとなる』

私も言葉をつむいで詩を書くようになり、それが多くの人々の共感を得て広がっていく様子を見て、もしかしたら私も神の仕事に参加し、人間の品位を高め、人間の人格の質的変化を助成することに繋がる仕事ができるかもしれない、いや、していきたいと、背筋がピーンと伸びるような思いになりました。改めて生きる力を得ている今日この頃です」

鈴木老師が「芸術家は神の仕事に参加しているのだ」と述べておられたとは知りませんでした。

  私たちも“沈黙の響き”に心耳を澄まし、老師がおっしゃるように、“生きることの芸術家(アーティスト・オブ・ライフ)”になり、創造的な生活を送りたいものです。(続く)

真珠の首飾り
写真=けがれなき天のしずく