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命の惑星

沈黙の響き (その54)

「沈黙の響き(その54)」

宇宙は伽藍洞の空っぽなのではない

神渡良平

 

 

 前回の「宇宙の響き」(その53)でセキレイの話を枕に、あらゆる“いのち”に遍満している性向から判断して、「宇宙は伽藍洞(がらんどう)の空っぽではないのではないでしょうか。それよりも“意味”が備わり、すべてを“愛”がカバーしている相互に結び合っている有機的な総体なのではないでしょうか」と書きました。

 そのとき、華厳経に書かれている「宇宙は帝網珠(たいもうじゅ)で覆われている」という諦念(たいねん)を紹介したところ、大きな反響がありました。帝網珠という言葉は拙著『自分の花を咲かせよう――祈りの詩人坂村真民の風光』(PHP研究所)に臨済宗円覚寺派管長の横田南嶺老師が序文を寄せてくださったとき、お使いになった言葉です。

華厳経はこの宇宙を大きな網に譬え、網の結び目にそれぞれ綺麗な珠(たま)がついているといいます。一つの珠が光ると、その光は近くの珠に映り、その光は更に隣の珠に映って、幾重にも幾重にも広がって全宇宙を光でカバーしているそうで、それを帝網珠と表現しているのだそうです。透徹した悟った眼差しで見ると、宇宙は帝網珠で覆われている光り輝く存在だというのです。

 前号で私がそう紹介すると、大阪府茨木市千堤寺で「まだま村」を主宰されている立花之則(ゆきのり)先生が早速電話をくださり、仏教が持っている炯眼(けいがん)について話が弾みました。

グループLINEの連載「宇宙の響き」では目下、歌「ユー・レイズ・ミー・アップ」で歌われているraiseについて述べている最中でしたが、今号でも話を先延ばしして、前号に続いて“宇宙観”について述べようと思います。世の中の最先端を行っている宇宙物理学者や哲学者たちに新たな変化が生まれているように見えるのです。

 

復活する「魅力に満ちた宇宙」観≫ 

近代科学が成立して産業社会が活発になるにつれ、“効率”が最優先され、いつしか宗教的な世界観は片隅に追いやられていました。ところがそれに革命的な変化が起きつつあり、いま私たちは人類が経験したこともないような大変革の時代に差しかかっているようです。

その一つが、アーヴィン・ラズロ博士が物質・生命・意識の統合理論である「システム哲学」を説いて、世界の科学界に根本的な変化を巻き起こした出来事です。

1933年、ハンガリーに生まれたラズロは、早くも少年時代にピアニストとして頭角を現し、その後米国に渡ってコロンビア大学で物理学、エール大学で哲学を学び、エール大学教授、プリンストン大学教授、ニューヨーク州立大学教授として教鞭を執りました。ラズロは古典的な物理学を超えて、原子世界から人間社会、宇宙までを貫く原理とその構造を探究する「システム哲学」を提唱し、世界的なオピニオンリーダーとなりました。

例えばその代表作『叡智の海・宇宙――物質・生命・意識の統合理論を求めて』(日本教文社)でこう述べています。

「私たちが別々の存在であるというのは幻想に過ぎない。私たちは全体の中の結ばれ合った部分――私たちは運動し記憶する海だ。私たちの存在は、あなたや私よりも、海をゆくすべての舟を合わせたよりも、そしてこれらの舟がゆく海そのものよりも大きい」

 あるいは別の著書『生ける宇宙――科学による万物の一貫性の発見』(日本教文社)では、

「宇宙は、そのなかに存在するすべてのものと共に、生物にも似た一貫性を持つ一つの総体をなしている」

 と述べました。宇宙は魅力に満ちた「生物にも似た一貫性を持つ総体」だというのです。その見解に共鳴する科学者がだんだん増え、ラズロ博士の仮説は説得力を増し、「有意義で意味のある宇宙」という見方が高まっていきました。

ラズロの影響は物理学者、哲学者にとどまらず、芸術家や宗教家まで広がっていき、1978年、7人のノーベル平和賞受賞者を含む55人の科学者・芸術家・宗教家を集めて世界賢人会議「ブダペストクラブ」を発足させ、地球の未来にさまざまな提言を行うようになりました。そしてラズロ自身はノーベル平和賞の候補者としてノミネートされるまでになりました。このラズロ博士のことは日本でも龍村仁監督が映画『ガイアシンフォニー(地球交響曲)第5番』で採り上げたので、ご存知の人も多いでしょう。

 

≪アポロ宇宙船がもたらしたコペルニクス的転換≫

思えば19717月、人類が宇宙飛行船アポロ15号で初めて月面に立ったときというのは、そういうコペルニクス的変化が起き始めた嚆矢(こうし)でした。ジェームス・アーウィンは地球を離れ、月面から地球を一つの球体として見たとき、
“いのち”に満ち満ちている地球の美しさに目を奪われてしまいました。

そして自分の“いのち”は、はるか彼方にポツンと輝いている地球の“いのち”と一本の細い糸で結ばれており、いつ切れてもおかしくないか弱い存在で、この月面探査は神の恩寵(おんちょう)なしには成功しなかったと感じ入りました。神の臨在を感じたアーウィンは地球に帰還すると、NASAを辞めて伝道師になりました。

そうした流れはニールス・ボーアなどによって急速に発達した量子論によって、宇宙は伽藍洞(がらんどう)で空虚な容れ物ではなく、世界はミクロの世界からマクロの世界までつながっていることが明らかにされ、いまや古典的物理学の世界観を駆逐しつつあります。

 このパラダイムシフトは新しい時代が到来しつつあることを予感させます。パラダイムシフトとは、それまでの時代、当然のことと考えられていた社会全体の価値観が革命的に変化することをいいますが、現代はそれが現在進行形で起こりつつあるエキサイティングな時代だといえます。もちろん世界はまだまだ無神論的世界観が主流ですが、こんな変化が起きつつあることは知っておくべきです。

 

≪新しい時代の到来を告げる村上和雄教授≫

そういう新しいタイプの科学者の代表的見解のひとつが、筑波大学の故村上和雄名誉教授の見解です。村上教授の一般向け啓蒙書『生命の暗号――あなたの遺伝子が目覚めるとき』(サンマーク出版)はこう説いています。

「ヒトの遺伝子情報を読んでいて、不思議な気持ちにさせられることが少なくありません。これだけ精巧な生命の設計図を、いったい誰がどのようにして書いたのか。もし何の目的もなく自然にできあがったとしたなら、これだけ意味のある情報にはなりえない。まさに奇跡というしかなく、人間業(にんげんわざ)をはるかに超えている。そうなると、どうしても人間を超えた存在を想定しないわけにはいかない。そういう存在を私は『偉大なる何者か』という意味で、10年くらい前から“サムシング・グレート”と呼んできました」

村上教授はノーベル賞級の遺伝子研究者ですが、「遺伝子が示している暗号」をこう語ります。

「生物はすべてが何らかの関係を持っています。遺伝子レベルまでさかのぼれば、基(もと)はひとつです。つまり、DNAを調べていくと、地球上のすべての生き物は、植物も動物も微生物も、もちろん人間も、何もかもすべてが同じ遺伝子暗号を使っているということがわかったのです。始まりはたった一つの細胞なのです。言い換えれば、すべてがたった一つの命につながっていることになるのです。それはまた、宇宙が誕生してから、長い歴史が自分という一人の遺伝子の中に入っているということになるのです」(同掲書)

これも科学者の間で起きつつあるコペルニクス的変化のひとつです。私はこうした世界の潮流にとても励まされ、自分が感じつつあったことは間違っていなかったと思っています。(続く)

 

命の惑星

アポロ宇宙船2

写真1=人のいのちは生きとし生けるものと同じように宇宙のしずくだ!

写真2=月に向かうアポロ宇宙船