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沈黙の響き (その60)

「沈黙の響き(その60)」

苦しみは天が私を鍛えてくださる愛のムチだ!

 

 

 人は共感していただいたとき、天にも昇ったような高揚した気分になり、「少しはお役に立ててよかった!」と安堵するものです。平成27年(2015)8月にPHP研究所から出版した『苦しみとの付き合い方――言志四録の人間学』もそういう反応が多かった本です。

例えば、白血病を患って生死の境をさ迷った末に奇跡的に生還した大谷育子さんは、その苦汁をバネに、日本にはまだなかった骨髄バンクを立ち上げ、白血病の治療の道を切り拓いたことを書きました。

 

 採り上げている何人かの一人岡部明美さんの場合、出産と同時に脳腫瘍が発見され闘病生活が始まりました。しかし、その過程で、自分が随分鎧(よろい)を着て身構えていたことに気づいて脱ぎました。退院後、岡部さんは自己啓発のセミナーを開くようになり、それが多くのビジネスマンに支持されるようになりました。

 

 もう一人採り上げている辻光文(こうぶん)先生は罪を犯した青少年を更生させる施設の教師でした。あるとき、大病を患って入院手術した少女の看病に一生懸命でした。その子が健康を取り戻していく過程で、辻先生は本当にはその子の魂を拝んで成長を願っているのではなく、あああってほしい、こうあってほしいという願望を押し付けていただけだったことに気づきました。「愛」はいつくしみ育てるものですが、自分は道徳を押し付けるだけの教師でしかなかったことに気づいたのです。そして生まれたのが、『生きているだけではいけませんか』という詩でした。以後、大阪の矯正教育界は一味も二味も変わり、大きな成果が上がるようになりました。

 

 私はこうした方々を丹念に取材して、「逆境というのは、ひょっとすると天の恵みなのではないでしょうか」と問いかけました。するとお読みになった方々から随分多くのお手紙を頂戴しました。その中に身につまされるような話が書き綴られた手紙があり、私は読みながら思わず居住まいを正しました。以下はその方のお手紙です。

 

≪すべての人をあまねく照らした朝の光≫

「私は東京都内の病院で看護助手をしている大田原(仮名)と申す者です。この度出版されたご本を、昔、同じ病気で苦しんでいた友達からプレゼントされました。私は職場からの帰り、通勤電車の中で読み出して引き込まれてしまいました。家に帰って家事が終わると夢中になって読み続け、とうとう夜が白々と明け始めていました。読みさしのご本からふと目を上げると、窓からさわやかなやさしい風が吹いてきました。ご本を読了すると、どうしても先生にお礼を申し上げたくて、手紙を書きました」

 

お手紙はそう書き始められ、ご自分の特異な体験を書き綴っておられました。

「老人病院の夜勤は17時間労働で、とても過酷です。明け方の4時くらいから、洗面、おむつ交換、体位交換などの忙しい時間が始まり、息つく暇もありません。

私が担当している病室の中に、看護師仲間が揶揄(やゆ)して“死体置場”と呼んでいる部屋がいくつかあります。何一つ声を発することができず、食と排泄だけの患者さんたちが入院されている病室です。ひどい表現ですが、客観的にいえば本当に死体置場なのかもしれません。

 

ある日、一連の病室でのお世話が終わり、死体置場と呼ばれている病室に入ろうとしたとき、朝日が射してきました。どの患者さんたちにも等しくうららかな朝日が当たっていました。

その瞬間、内なる声から、『これらの方々にも尊いいのちが宿っているのです! 死体置場と呼ぶなんてもってのほかです。反応したくても反応できないだけなんです』と諭(さと)されました。あまりに威厳あるリンとした口調に、私は思わず襟を正しました。

 

『この方々は与えられたいのちをそのまま受け入れ、精いっぱい生きていらっしゃいます。人生の最期のときを精いっぱいもてなして、ご苦労さまでしたと送り出してあげてください』

私は朝日の中で涙をぽろぽろ流し、そうだ、そうだ、そうしてあげなきゃいけないとその方々に自然に手を合わせていました」

 

言われてみると、死体のような患者さんがかすかに反応されることがあります。

「窓を少し開けてそよ風が部屋に入ってきてその方の頬を撫でたとき、表情が緩んで明らかに喜んでおられることがわかります。話しかけるとき、患者さんの両手を包んで話すと、すると両手を温かくくるまれているとわかるのか、表情が和むんです」

 

大田原さんが書いておられたように、私もいつしか有用という視点に陥っていたように思いました。そして「それにこんな不思議な経験を恵まれました」と書き綴っておられました。

 

≪誰からも理解されず、軽蔑された日々≫

「私は重い小児麻痺の障害のある夫と結婚しました。ところが夫の家族からは、父親が借金を残して出奔(しゅっぽん)したという引け目があるから障害者と結婚したに違いないと陰口し、辛い思いをしました。

 

私たちは子どもを授かりましたが、私は妊娠中毒症から重い慢性腎炎にかかってしまいました。ところがそれに対しても、病気を隠していたに違いないとそしられました。私は慢性腎炎を治すために2年あまりハリ治療に通いましたが、針のむしろに坐っているように辛い日々でした。

 

さらに27歳のとき、病気が高じて重症化し、とうとう死を目前にしました。そのときも親族から、役に立たないんだったら、生きていては邪魔だとなじられ、もうどこにも行く場所がなくなってしまいました。

 

≪私はあなたをそのまま受け入れます!≫

そんなとき、目には見えない“大いなる存在”が語りかけてくださったのです。

『あなたは役立たずではありません。あなたはあなたのままでいいのです。わたしはあなたをそのまま受け入れます』

 そんなことを言って慰めてくださいましたが、実は私はそれまで、こんな人生でいいのかな、あんな人生がいいなと選り好みして生きていました。そして自分の人生は失敗だったと臍(ほぞ)を嚙んでいたのです。

 

ところがその方はそんなことはない、あなたの直感を信じなさいとおっしゃるのです。そういう声を聴いて、ああ、ここに私を全部受け入れてくださる方があると安堵しました。そんなお諭しがあったので、私はもう思い迷わないことに決めました。

 

“大いなる存在”に『すべてお任せします』と言い切ったとき、私の中に大きな安心感が飛び込んできました。それ以来、“大いなる存在”との語らいが生きる力となりました。それが神なのか、仏なのか、私にはわかりません。でも、見守られ、導かれているのは確かです」

 世の中には繊細な感性をお持ちの方がいらっしゃるものです。大田原さんも類稀(たぐいまれ)な感性を恵まれておられるようです。

 

≪寝たきりの患者さんたちに最期のお世話をする役目を授かった!≫

「一年ほどの闘病生活の末、私はとうとう退院して社会復帰でき、看護助手として寝たきりの患者さんのお世話をするようになりました」

 

看護助手は医療の専門的な知識がある看護師とは違い、病院の中の一番下の肉体労働者です。大田原さんはどうしても医療従事者内の序列という見方で見てしまい、自分を価値なき者と卑下し、卑屈になっていました。ところが内なる声は大田原さんに、死体置場の患者さんたちの最期の介護をお願いしたいと訴えたのです。

 

「ある朝、前述したような出来事を経験して、私は貴いご意志のお陰で、老人病院で貴い奉仕を託されているのだと気づきました。これまでいろいろ辛い体験を経てきたのも、これからお世話する患者さんたちにそんな思いをさせてはいけないと私にわからせるためだったのです。

 

私の役割はこれらの方々の地上での最期の時間のお世話をして、天国に送り出すことです。そう思うと自分の役割がありがたくて、患者さんたちがますます愛(いと)おしくなりました。表面的には何にも反応してくれない患者さんたちですが、自分がやさしいまなざしで包まれていると霊的に感じていただけたら、この以上の幸せはありません」

 

 この手紙がきっかけとなって、大田原さんと私は手紙やメールが行き来するようになりました。大田原さんは以前にも増して忙しいけれども、今は全然疲れないと言われます。

「神渡先生が言われるように“沈黙”は無音ではありませんね。“沈黙の響き”にじっと耳を傾け、内なる声に聴き入っていると、大切なことに気づきます。

 

私は長年被害者意識のとりこになっていて、みんなに意地悪ばかりされてきたと思っていましたが、あれは私が他の人のことを思いやる余裕がなかったので、みなさんが私に仕返しをされていたのだと気づき、すっかり楽になりました。まったく身から出た錆(さび)で、恥ずかしく思います。

私が申し訳ありませんでしたと折れて譲るようになると、意地悪もなくなりました。“沈黙の響き”は生き方に気づかせてくれる宝庫ですね」

 

 そういえば、大田原さんの口調から、いつしか険が取れていることに気づきました。そして楽しいやり取りが続いています。私たちは足りない存在だけれども、それでも神の御手の代りとして用いてくださる喜びを味わっているのでした。(続き)

写真=光の海に一人ヨットを走らせていると、この世的なものが遮断され、天空を舞っている気持ちになれる


龍安寺の石庭が語るもの

沈黙の響き (その59)

「沈黙の響き(その59)」

共時性(シンクロニシティ)が語るもの

 

 

 世の中には不思議なことがあるものです。同じような内容のことが同時発生的に起こることを共時性(シンクロニシティ)と言いますがそれが起きたのです。シンクロニシティとはスイスの心理学者カール・G・ユングが説いた理論で、因果関係のない2つの出来事が、偶然とは思えないかたちで同時に起きることを言います。

 

 例えば、しばらく会っていない友人のことを考えていたら、偶然その人から電話がかかってきて驚いたりします。そうした「偶然の一致」では片づけられないことをシンクロニシティと呼びます。

 

 ユングは人類の深層心理が個人の壁を越えて結びつく概念を「集合的無意識」と呼び、シンクロニシティも「集合的無意識」が引き起こす現象だといいます。私は柏木満美(まみ)さんから寄せられた投稿を読んでみて、シンクロニシティが起きたと思いました。そこで前回に続いて2週連続取り上げることになってしまいますが、柏木さんの投稿をアップします。

 

≪井上洋治神父、横田南嶺管長、そして若松英輔さん……≫

「前回の『沈黙の響き』(その58)に井上洋治カトリック神父が書かれた詩が紹介されていたので、あれ? と思い当たることがありました。井上神父は文芸評論家で詩人でもある若松英輔(えいすけ)さんが師として仰いでおられる方だったように思いました。

 

若松さんのことを初めて知ったのは、3、4年前、北鎌倉の円覚寺の夏期講座で、でした。そのとき、鈴木大拙(だいせつ)の禅について講義されましたが、当時の私には、若松さんの話も大拙の思想も難しすぎて、あまりよくわかりませんでした。

 

ところがその翌年、NHKラジオで若松さんが担当されている『詩と出会う 詩と生きる』という番組を聴き、大いに発奮しました。ラジオから聞こえてくる若松さんの言葉はあまりに美しく、詩的で、内容が深く広いものでした。しかも僭越ではありますが、言葉に関する捉え方が、私が感じていることにとても近いので、興奮しました。そしてその年の暮れ、偶然に見つけた若松さんの公開講座に何度か参加しました」

 

 若松さんは『小林秀雄 美しい花』(文春文庫)や『悲しみに秘儀』(文春文庫)、あるいは『魂にふれる』(トランスビュー)などを出版されている新進気鋭の文芸評論家で、スピリチュアリティ(霊性)にも深い関心をお持ちです。柏木さんの投稿は続きます。

 

「若松さんはラジオで井上神父には多大な影響を受けたと話しておられました。その井上神父が詩もお書きになっていたとは全く知らなかったので、井上神父の詩を読んでみたいと思って検索していると、またまたビックリ! 

 

井上神父はキリスト教信者でありながら、法然(ほうねん)や一遍(いっぺん)を慕っておられるというのです。そしてさらに、坂村真民さんともご縁があったそうです! もう、ビックリしまくりました。でも、深く納得しました。

 

真民さん、一遍上人、井上神父、若松英輔さん、神渡先生、横田南嶺老師などが、私の中で繋がりました! この繋がりにいる自分も大したものだと思えてきました」

 

前号でもお伝えしましたが、井上神父はキリスト教を日本の精神文化に根づかせようと腐心された神父です。法然や一遍、あるいは芭蕉や良寛、近くは宮沢賢治などが希求したものが、実はイエスが指向しておられたものとまったく重なり合うと説かれました。それは出色の日本文化論といえます。柏木さんがびっくりしたのもわかります。

 

井上神父はその代表的著作ともいえる『法然――イエスの面影をしのばせる人』(筑摩書房)の「あとがき」にこう書いておられます。

「どこまでも続いている一筋の海岸線。

一陣の風で、海岸の白い一粒の砂が右から左へと動く。

そしてそのあと、海岸は再び以前と全く同じ深い静寂へとかえっていく――」

詩人の感性が溢れている文章で、井上神父が言葉をつむぐように書き綴られた息吹きが伝わってきます。

 

『日本とイエスの顔』(日本キリスト教団出版局)は井上神父の後世に残る記念碑的業績ですが、それを補完して余りあるのが、井上神父の精神史的自叙伝『余白の旅――思索のあと』(日本キリスト教団出版局)です。小野寺功清泉女子大学名誉教授は、日本カトリシズムの新生面を切り開いた井上神学を理解するためには、この書を読むのが近道だと推奨しています。

 

 ≪龍安寺の石庭が教えてくれた余白の大切さ≫

井上神父はローマのシスティーナ礼拝堂の壁面いっぱいにミケランジェロが壮大に描いた傑作「最後の審判」を観たとき、その素晴らしさに圧倒されながらも、心の奥のどこかに、どうしてもなじめないものを感じたそうです。ある意味で「窒息するような重苦しさ」だったようです。

 

 フランスの修道院での修行を断念して帰国し、もっと日本文化を理解しようと、京都や奈良を訪ねました。京都の龍安寺(りょうあんじ)も二度、三度と訪れ、くすんだ色の古びた油土塀を背景に、大海原を連想させる白砂の庭に大小さまざまな石が無造作に置かれている石庭を眺めながら、思索にふけりました。

 

 なぜこの石庭は日本人には圧倒的な迫力をもって迫ってくるのだろうか――

長年の疑問が解けないまま、龍安寺の山門を出て仁和寺(にんなじ)の方にぶらぶら歩いていると、はっと気がつきました。

 

「そうだ。システィーナ礼拝堂の壁画には“余白”というものがない。壁面いっぱいに余白もなく描かれている聖画に美を認めることはあったとしても、私は息苦しさを感じて親しむことができなかった。龍安寺の石庭の魅力は“余白”にあったのだ――」

 

 井上神父の思索はそこから生きとし生けるものが持っている「余白」へと広がっていき、芭蕉や一遍はこの余白の力のことを「風」と呼んだのではないか、日本文化の重要な点は、すべてを語りつくさず、余白を残すことにあるのだと思いました。

 

不思議なことに古代ギリシャ語やラテン語では「風」のことをプネウマと言います。プネウマにはもっと多様な意味が込められており、息吹き、大いなるものの息、さらには聖霊なども意味します。

 

 聖書には「イエスは聖霊(プネウマ)に導かれて荒野に行った」と書かれています。ただ単に風に吹かれて荒野に行ったというのではなく、ラテン語の原文では「プネウマに導かれて」行ったというのです。だからプネウマの訳をさらに一歩進めて「神の愛の息吹き」ともするようになりました。

 

こうして井上神父は神の愛の発現の仕方はプネウマにあると感じ、カトリック内での刷新運動を「風(プネウマ)の家」と名づけました。「風の家」運動は三十五年間コツコツと続けられた結果、とうとう日本カトリック教会の新生面を切り拓くにいたったのです。(続き)

龍安寺の石庭が語るもの
龍安寺の石庭が語るもの

写真=龍安寺の石庭が語るもの


アンテロープ・キャニオン

沈黙の響き (その58)

「沈黙の響き(その58)」

詩「雨の中で」

 

「沈黙の響き」(その57)で紹介した西澤利之さんの投稿に反応して、横浜市の柏木満美さんから投稿があったので掲載します。詩人のみずみずしい感性が呼応したようです。

 

「西澤さんの投稿を拝読いたしました。西澤さんのものの見方、物事の捉え方の深さと、それをわかりやすい言葉で伝えてくださるお力に感動します。円覚寺の横田南嶺管長はとても辻説法に熱心で、それを現代風にアレンジしてユーチューブでライブ配信されており、私も自宅で拝聴して、いつも心を高められています。

 

≪私も帝網珠の珠の一つでありたい≫

横田管長や西澤さんがおっしゃるように、華厳経に書かれているという帝網珠(たいもうじゅ)のそれぞれの珠(たま)は大きさも光り方もさまざまで、そうであるからこそ互いに照らし合ったとき、全体が銀河のような輝きを見せるんだろうなと思いました。

 

 同じものを見ても感じ方は人さまざまです。同じ文章を読んでも、感じ取るところが違うのは、世界をより大きく、より美しく輝かせるための宇宙全体の仕組みだからなんですね。だから自分の感じ方を大切にし、自分の特徴を活かせばいいのだと納得しました。

 

 神渡先生が『沈黙の響き』で紹介される人々や出来事は、それぞれの場所でさまざまに輝いている光の珠なのだと思います。先生が一つひとつに焦点を当てて、輝かせてくださるから、私もその美しさに気づくことができています。

 

そして私もまた光を発することができると勇気づけられます。私はこれまで折に触れて詩を書いてきました。そのいくつかを投稿します。この投稿もそれに反応したものです。

 

   朝

青い朝が/静かに始まる

日の出の時刻は5:33

登場を待たれるお日さま/誕生を待たれる赤ちゃん

人は目覚めを待たれている

青い静かな朝は/街の人々の/目覚めをじっと待っている

花々の/安心してひらくのを/待っている

 

もーいいかーい/まーだだよー

もーいいかーい/もーいいよ!

 

 また、私の感性に訴えるものを、こういう詩に表現しました。

葉っぱの水滴

   雨の中で

雨の中の散策/歩くほどに/雨が/心を潤して/ココロに染み込んで/ふかふかになってゆく/艶々(つやつや)になってゆく

雨の中の散策によってしか/感じ取れない/命の息吹き
森中の木々から放たれている/清らな氣にすっぽり包まれてみる
ああ/わたしが生き返る

 

神渡先生が引用された安岡先生の文章を読むと、心が鎮められると同時に、私の内なる魂に何か大きな力が注入されてくるのを感じます。深淵にして無限なるエネルギーが届けられたように感じます。

 

詩の根柢にあるものはやはり純真なる生活、敬虔にして自由なる人格、無限への憧憬(しょうけい)であり、驚かんとする心なんですね。それに『宇宙の神秘の扉を開く鍵は、あなたの中に内蔵されている!』という安岡先生のメッセージは、私にとって“天啓”のようなメッセージです。私もいささか詩を書くので、とても励まされました。

 

安岡先生がおっしゃるように、生命のある処、到る処に韻律があるので、共鳴を高め、直観の光を遠くし、思索を深めて、私の感性によって言語文字に再表現しようと思います。

『人間の内面には神秘的な産霊(うぶすな)があり、それが働きだすと、今までのよそよそしかった事物に思わぬ親密や実感を覚える』ことも同感です。私もこの情緒の海を大切にします」

 

≪日本文化との橋渡しを試みた井上洋治神父≫

私は柏木さんの詩を読んで、7年前にお亡くなりになった井上洋治カトリック神父の詩「初冬のささやき」を連想したので、それを付け加えるます。そこに同じようなやさしいまなざしが感じられるからです。

  

黄色くなったいちょうの葉が/青く澄んだ初冬の空から

さらさらと/かすかな音をたてて舞い降りてくる

きっと風がでたんだろう/さよなら、さよなら

まるでそう言っているみたいだ

 

 泥によごれた/哀しそうな一枚を/そっとひろいあげて

 両の手で愛(いつく)しんでいたら/何かその哀しみの奥に

きらりとひかる美しいものをみたような気がした

 

井上神父はカトリックの中でも一番厳格だといわれているフランスのカルメル修道会で7年半修行されました。でも、厳格な父性原理が強すぎる西欧カトリックに違和感を拭い去ることができず、苦しみました。イエスが説いておられた神は、すべてを受け入れる母性原理がもっと濃かったのではないかと考えました。そしてイエスの福音を日本の精神的土壌に開花させることに腐心されました。

 

模索の末に、井上神父はカトリック内部に「風(プネウマ)の家」を設立し、福音と日本文化の橋渡しを試みました。プネウマとはキリスト教神学では聖霊とか霊性に当たりますが、日本語としては息吹きとか風とかに近い感じです。現在「風の家」運動は日本文化との橋渡しとして、カトリックの中にしっかりと根付いています。(続く)

アンテロープ・キャニオン

写真=神秘な洞窟アンティロープ・キャニオン

 

 


2021年8月の予定

日時 演題 会場 主催団体 連絡先担当者

8/21 (土)
10:00~12:00

 

リード力開発道場

日本経営道協会
千代田区外神田
2-2-19 丸和ビル2階
℡03-5256-7500

日本経営道協会

日本経営道協会
℡03-5256-7500

8/21 (土)
15:00~16:00

 

一粒の麦

 

東天紅上野店
台東区池之端
1-4-1
℡03-3828-5111

湯島倫理法人会

湯島倫理法人会
久恒
℡090-1616-4082

 

8/22(日)
9:05~10:25

徳永先生の偉業

ホテル・ヴィスキオ尼崎
尼崎市塩江1-4-1
℡06-6491-0002

実践人の家

実践人の家
℡06-6419-2464


2021年7月の予定

 

日時 演題 会場 主催団体 連絡先担当者

7/17(土)
14:15~16:00

いのちの讃歌

佐倉市臼井公民館
展示室
佐倉市王子台1-6
℡043-461-6221

佐倉素行会

神渡
℡043-460-1833

7/28(水)
11:00~12:00

ヒマラヤの白き神々の座と天風先生の思想

天風会館
文京区大塚5-40-8
℡03-3943-1601

日本経営道協会

日本経営道協会
℡03-5256-7500

 


大空に舞う鳥

沈黙の響き (その57)

「沈黙の響き(その57)」

人間が持つ底知れない可能性

 

北鎌倉にある臨済宗円覚寺派の横田南嶺管長が、先日ラジオ放送で「沈黙の響き」を採り上げられ、華厳経(けごんきょう)の帝網珠(たいもうじゅ)の例を参考に述べられました。さすがに現代の仏教界を代表する老師が諄々(じゅんじゅん)と語りかけるラジオ法話なので波紋が広がり、私のところにも問い合わせが相次いでいます。

 

そうしたメールの一つに、オーストラリア・ブリスベンに在住されている西澤利明さんからのものがありました。円覚寺の横田管長が前述のラジオ法話で私の最新刊『人を育てる道――伝説の教師徳永康起(やすき)の生き方』(致知出版社)を採り上げて語っておられるのをいち早く見つけ、そのURLWebページの場所を示すアドレス〔住所〕)を送ってくださったのも西澤さんでした。

 

西澤さんは日本で育ったのちオーストラリアに渡り、向こうでオーストラリア人の奥さまと結婚され、オーストラリア・クイーズランド州政府観光局日本部長として仕事をされていました。異文化の中に身を置き、現代文明を巨視的に見ているというスタンスを持っておられるので、その視点にはいつも啓発されます。以下、西澤さんの投稿を掲載します。

 

≪セキレイの母鳥が見せてくれた宇宙の本質≫

「神渡さんがLINEグループ『沈黙の響き』で連載を始められたとき、この題名にすべての思想的な結論が結晶化されていると感じました。

 

神渡さんが毎週投稿されている『沈黙の響き』や、それに対する読者のコメントを拝見していて、人間の本質が何であるかということに気づかされます。誰もが持っている仏性や神性が、それぞれの縁や出会いを通して現象化することを実態的に教えてくれるからです。

 

 先回紹介されたセキレイの母鳥が見せた母性本能を例にして、生きとし生ける“いのち”にあまねく備わっている愛こそは宇宙の本質ではないかととらえられた見解に私も同感しています。神渡さんが紹介されている方々はまさに一隅を照らしておられる方々で、照隅行の先達の方々だといえます」

 

≪人間は底知れない可能性を秘めた存在≫

私は「沈黙の響き」を通して、人間は「沈黙の響き」をたたえている深遠な淵にたたずんでいると説いています。その響きに呼応するようになれば、小さな自意識から解放され、物事の本質がよりはっきり見えるようになり、的確な手を打てるようになると説いています。音楽家で言えば、妙なる天上の音楽を奏でるようになるのと同じように、です。

 

そのためにいろいろな例を引き、私たち人間が持っている無限の可能性を説いていますが、それに多くの読者が呼応して、どんどん意見を投稿してくださるので、相乗効果が起きて、ますます充実した連載になっています。横田管長がいまLINEの「沈黙の響き」がおもしろいと言われたのは、そういう理由からです。

 

西澤さんもまた「沈黙の響き」は啓発的だと感想を述べ、ご自分でも何回か投稿され、それにまた読者が反応してご自分の意見を述べられるという展開がありました。

 

≪華厳経が示している叡智≫

 西澤さんは華厳経が説いている叡智についても言及しました。オーストラリアというキリスト教世界で生活していると、改めて仏教が持つ叡智に驚かされることがあるのでしょう。

「横田円覚寺管長が述べておられた華厳教に『事事法界』という世界観があります。一言で言えば人間の関係は相即相入だというのです。相即相入とは、世界が多様であればあるほど、異質なもの同士、互を形成している考えや文化や宗教を自分のこととして受容することが欠かせないということです。

 

世界には無数の縁起の糸が縦横に網のように巡らされていて――これは今でいう“ネットワーク”ということでしょうが、そのネットワークの一つである人間は、かけがえの無い美しい宝石であり、その宝石が互いを照らしあう関係こそが本来の人の在り方だと思っています」

 

そう述べながら、では私は今日何をするかという視点を見失わないのが西澤さんです。

「日本では一隅を照らす生き方がとても大切にされていますが、それぞれがその持ち場で一隅を照らす生き方をしたとき、帝網珠の一つひとつの珠(たま)が光り出すのだと思います。その結果として、世の中が良くなっていきます。いま多くの方々が『沈黙の響き』の連載に共鳴し、感動されているのは、時代の霊性が目覚めてきた証拠だといえるのではないでしょうか」

だからオーストラリア社会でも一定の影響力を持っておられるのでしょう。

 

≪量子物理学が明らかにした新しい宇宙観≫

 西澤さんは現代物理学、つまり量子物理学の動向についても見解を述べました。

「量子物理学は物質化現象を、波動性と粒子性を持つ一元の量子として捉えているように、最先端の物理学者は見えないもの――波動と、見えるもの――粒子は不二一元の関係だということに気がついているように思います。いま時代は大きく動いており、価値観の大転換が起こりつつあります。

 

 同じことが芸術家にもいえます。同じ波動の響きが人を惹きつけるように、音楽はまさに“沈黙の響き”の現象化だといえます。音楽家は楽器を通して、沈黙の響きのハーモニーを演出しているのです。“沈黙の響き”に耳を傾ける音楽家ほど、深い共感を勝ちとる音楽を創造します。

 

文学では、例えば芭蕉の句『古池や蛙(かわず)飛び込む水の音』を例に考察してみると、蛙が古池に飛び込んで音の響きを起こしたことで、その音がいっそう静けさを感じさせると、芭蕉は詠みました。お見事というしかありません。

 

仏教では“沈黙の響き”とはそれ以上分けることができない、不二一元の世界から湧きだす響きのことを指します。キリスト教ではこれを“愛”と呼び、イスラム教では“慈愛”と呼んでいます。

 

宗教や思想はこうした存在の実相を単に知的に解明したり、信仰によって盲信的に仰ぎ見る時代から、共鳴して共に生きる時代になってきたように思います」

 

≪“根源”からの響きに聴き入ると……≫

 西澤さんの意見はコロナ禍にかき乱されている現代の世相にも及びました。

「ニュースはコロナ禍のことを初め、外的なことばかりを採り上げていますが、本当は内的な精神性が外に現れているだけではないでしょうか。

 

社会の問題は人間の内面の問題だということに気がつかない限り外面を追うばかりで、社会問題は一向に解決しないように思います。

 

時代の霊性は地球規模で何かを私たちに教えようとしています。ところが当の私たちは右往左往しているばかりで、一向に問題の核心をつかんでいないようで仕方がありません。『沈黙の響き』に耳を澄まして聴き入ると、大切なメッセージが明らかになるように思うのは私のひとり合点でしょうか」

 

「沈黙の響き」に聴き入るということは、敢えて時流の外に立って根源的にものごとに迫ったほうが本当の姿が見えてくるということです。

 

≪後世への最大遺物≫

 西澤さんは6年前に行った腎臓ガンの手術のためか体調を崩し、病院で精密検査を受けました。その結果、問題はないという診断がなされてひと安心しましたが、健康に一抹の不安を覚えていることには変わりはありません。それだけに後に残していかなければならない現代社会の行く末を案じ、メールをこんな文章で締めくくっておられました。

 

「お互いに残された日々を思うような歳になってきました。後世に残す遺産はまさに愛と慈悲の実体験の証し以外の何物でもありません。そう思ってせめて一隅を照らそうと精進している毎日です」

 

 内村鑑三は私たちがどう生きたかが「後世への最大遺物だ」と言いました。そんな意味ある人生をまっとうしたいものです。(続く)

大空に舞う鳥

写真=大空に舞う鳥


天空を自在に舞うオーロラ

沈黙の響き (その56)

「沈黙の響き(その56)」

人間は宇宙の神秘の扉を開く鍵だ

 

  安岡正篤先生の著述は天啓(インスピレーション)をもたらすものが多い。常人の思考の域を超えたところから発せられるものが多く、その都度ウーンと考え込み、驚嘆してしまいます。例えば次の一文もそうしたものの一つです。

「我々の個性はまことに宇宙の神秘を開く鍵である。我々はみずからの心田を培(つちか)う思想を濃(こま)やかにし、直感を深くすればするほど、宇宙人生から不尽(ふじん)の理趣(りしゅ)を掬(く)みとることができる。大自然の生命の韻律に豊かに共鳴することができる」

 

 何と私たちの個性を「宇宙の神秘を開く鍵だ!」とまで言われています。この指摘には身震いしました。そして天然の響きには「天籟(てんらい)」「地籟」「人籟」というものがあることと紹介されます。

 

「天籟なるものがある。地籟なるものがある。人籟なるものがある。大自然の海の一波である我々の個性が、その大いなる旋律に和して、そこにおのずから湧き出ずるもの、すなわち詩ということができよう。

 

詩の根底には、やはりどうしても純真なる生活、敬虔にして自由なる人格、少なくとも無限への憧憬(しょうけい)、驚かんとする心がなければならぬ。感激は詩の生命である」(『儒教と老荘』明徳出版社)

 

天籟とは大自然に鳴り響く風などの妙音、地籟とは地上に起こるいろいろな響き、そして人籟とは人が作り出すさまざまな音のことをいいます。

 

≪ヒマラヤの白き神々の座≫

私は平成8年(1996)6月、致知出版社から『宇宙の響き――中村天風の世界』を上梓しました。これは脳梗塞で倒れた後の闘病生活を支えてくれた哲人中村天風先生のことを、インドのヨガの行者カリアッパ師について修行したヒマラヤまで出掛け、現地踏査して書き上げた労作です。

 

ヒマラヤの東端にある第3の高峰カンチェンジュンガの麓のゴルケ村での取材を終え、私はヒマラヤ中央部にあるポカラに移動し、アンナプルナに向かう途中の尾根伝いにあるダンプスに向けてトレッキングしました。

 

急坂を登ってようやく尾根道に出ると、深い谷を挟んだ向こうにヒマルチュリ、マナスル、ダウラギリの連峰が飛び込んできました。「白き神々の座」と崇(あが)められているヒマラヤの峰々を見晴るかし、全身がわなわなと震えました。安岡先生が力説されているように、私たちの個性・感性はまさに「宇宙の神秘を開く鍵」なのだと感じました。

 

 地球の屋根といわれるヒマラヤですらそういう感動を覚えたので、天空に舞うオーロラを見上げたら、さらにまた新たな気づきを得られるのではないかと思いました。

 

≪天空に乱舞するオーロラ≫

 数年後の12月、念願だったアラスカのフェアバンクスにオーロラを観に行きました。フェアバンクスはアラスカ最大の都市アンカレジから北北東へ約450キロメートル進んだアラスカ州中央部にあり、冬季は摂氏マイナス30度から40度、真冬にはマイナス50度以下になることもある極寒の地です。

 

 ホテルのあるフェアバンクスの中心部は街路灯など人工的な明かりが邪魔するので、郊外のビジターセンターで待機していると、センターの人が、オーロラが出たぞと知らせてくれました。防寒具の襟を立て、口も頬もマフラーで覆って、急いで零下25度の戸外に出ると、針葉樹の林の上から緑のカーテン状の光の帯が走り、全天を瞬時に動いていました。

 

「ウワー、これがオーロラか!」

 見上げている間に光の帯は幾条もの帯に分かれ、無音のうちに全天にサーッと展開していきます。

「オオッ! まるで生きているみたいだ」

 その速さと変化は想像を超えていて、瞬時に天空を横切り、あるいは乱舞して、驚くような天体ショーが展開されました。

 

安岡先生は、「宇宙の神秘の扉を開く鍵は自分自身の中に内蔵されている」 と言われます。私は改めて、自分の感性を磨くことを仇やおろそかにしてはならないと言い聞かせました。

 

≪人生の至高体験≫

 人間は何かを目撃すると、強い印象を受けます。瞑想によっても魂は引き揚げられますが、視覚的印象もゆるがせにできません。私は取材するとき、現場で追体験することを何よりも重要視しており、追体験するまで深掘りし、追体験を誘引するよう心掛けていますが、このときも自分に命じました。

 

人間は、外見上は起きて半畳、寝て一畳しかないちっぽけな存在ですが、その内容においては無限大に広がっている存在です。感性が高まれば高まるほど、世界は広がり、深まって、認識はものごとの深奥に達します。

 

 私はアラスカでオーロラを見て、私の人生の次元が一段階上がったと感じました。後年、読者を誘って北極圏のカナダ、イエローナイフにオーロラを見に行きましたが、それはこの高揚感を味わってほしかったからです。

 

≪人間の内面には神秘的なむすびの力がある≫

安岡先生は『新編漢詩読本』に大自然の妙音についてこう書いておられます。

「生命のある処、到る処、韻律がある。水のせせらぎにも、風のささやきにも、雲の行き来にも、日の輝きにも、人間の感激にも、やるせない苦悩の中にも、不思議な韻律があって、振動に富む言語文字をもって自らを表現しようとする。

 

 その勝れた表現は、これに接する人々の感情の共鳴を高め、直観の光を遠くし、思索を深め、世の中の打算や仕事の焦燥から人を救って、ほのかな慰めや、時にゆかしい憂愁にも誘う。これは道徳の峻厳、信仰の崇高にも和して、人間の生活を浄化し、精神を救う美の一種で、人々はこれを詩という」(福村出版)

 

 詩や散文を書くことで、私たちの感性はいや増しに研ぎ澄まされていくというのです。それは私も一人のもの書きとして、推敲(すいこう)を重ね、掘り下げることの重要さを感じていました。それだけにこの言葉は身に沁みます。

 

「詩は外部感覚の世界とは違った、一つの内部経験と秩序の世界を造り、利害打算や機械的な思考、衝動的な感情などの有害な副作用から、人間の生命を和らげ、現実の涸渇を沽(うるお)すものである。

 

 人間が自然という風に結ばれるところに創造が躍進する。そして人間の内面には神秘的なむすびの力(産霊〔むすび〕)があり、無限がある。それは勝れた情緒や直観になって働き、事物の内面的調和――神の偉大な生命――実在の新しい発見、今までよそよそしかった事物に思わぬ親密や実感を覚える、その感動をおのずから言語文字に表現する。これがすなわち(しい)()である」

 

 安岡先生は佳書に出合うと、生きていてよかったと感じると書いておられますが、私は安岡先生が得難い佳書を書き残してくださっていると感じてなりません。読書は私にとって掛け替えのない求道の方法です。安岡先生は私にとってまさしく「導きの星」でした。(続き)

天空を自在に舞うオーロラ

写真=天空を自在に舞うオーロラ