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ひまわりウェディング2009-7-26

沈黙の響き (その98)

「沈黙の響き(その96)」

ひまわり畑の真ん中での結婚式

 

 

平成27年(2015)4月、新潟県十日町市の支援センターあんしんに入社することになる久保田学さんは、町の会合でしばしば樋口果奈子さんと顔を合わせました。果奈子さんは支援センターあんしんを切り盛りしている中心的な女性です。笑顔がふっくらとして愛らしく、謙虚な女性ながら、信念がある人です。

 

一方、学さんは同じ新潟県の南西部、日本海に面した上越市の出身です。沖合にはその昔、親鸞や世阿弥が流されていたという佐渡島も横たわっていて、海岸に立つと漂泊の俳諧師芭蕉が詠んだ、

 

  荒海や佐渡に横とう天の川

 

 というダイナミックな光景が展開しています。そうした土地で育った久保田さんは、学生時代から障がい者の問題に関心があったそうです。

 

「ぼくはスクールカウンセラーになりたかったので、福祉系の大学へ進学したんです。大学で知的障がいや精神障がいについて学ぶにつれ、それらの方々を支援する施設で働きたいと思うようになりました。口先だけの、頭でっかちにはなりたくなかったんです」

 

 学さんは勤務していた精神病院で、あるときこんな現実に直面しました。

「ある病院でソーシャル・ワーカーをしていたとき、Aさんという患者さんがおられました。生活能力はあるにも関わらず、少し幻聴が聞こえたり、不思議な行動をしたりされるので、家族から理解されず精神病院に押し込められ、やむなく40年以上も入院しておられました。適切な支援が受けられたら、そんなことにはならなかっただろうにと思うのですが、すでにときは経っていました……」

 

談笑するにつれ、2人は次第に意気投合するようになりました。学さんは高校、大学でバスケットボールをやっており、今でも社会人リーグでプレーしているので、がっちりとして精悍な雰囲気が信頼感を抱かせます。それに障がい者の手助けになりたいという同じテーマを持っています。果奈子さんは学さんをだんだん結婚相手としても意識するようになり、将来を約束するようになりました。

 

 2人の結婚式は一風変わっていたと小耳にはさんでいたので、学さんにそのことを聞くと、学さんは自分たちの結婚式の話をするなんていささか照れるなあと言いながら、様子を語ってくれました。

 

◇障がい者たちが祝ってくれた結婚式!

「私たちは当時勤めていたお互いの施設を利用してくださっている障がい者を結婚式に招待したかったんです。あの人たちはそういう晴れの場に招待されることはあまりありませんから、よけいそういう機会にしたいと思いました。でも、通常の結婚式では着ていくものとか何だとか、本人たちが気を遣うので、気軽に来ていただけるものにしたいなと思いました」

 

すると新潟市の国際ホテルブライダル専門学校の卒業生が、卒業作品として、隣町の津南町にあるひまわり畑の真ん中で結婚式をやろうと企画して募集していたのです。津南町は広大なひまわり畑が広がっており、全国から観光客が訪ねてくるスポットにもなっています。

 

「ひまわり畑の中での結婚式! これは気さくでいい! これだったら、ノーネクタイのカジュアルな服装でいらっしゃいと呼びかけられる」

と、早速応募しました。すると久保田さんたちの熱意が伝わったのか、10組の応募の中から2人に白羽の矢が立ちました。こうして平成21年(2009)7月26日、多くの利用者さんが、ひまわり畑の真ん中で催された結婚式に参列しました。もちろん、われらのアッコちゃんも参列し、2人を祝福してくれました。

 

ところがそこで予想もしていなかったサプライズが起こりました。あたり一面の黄色いひまわり畑のなかで、障がい者たちがみんなで合唱したのです! 障がいの程度によってちゃんと歌える人もあれば、口だけパクパクの人あります。日頃、ワークセンターと自宅やグループホームの往復で単調になりがちだっただけに、まるでピクニックみたいです。

それに日頃お世話になっている2人の結婚式ですから、これは最高の喜びです。みんなが心から祝福してくれました。学さんは相好を崩して喜びました。

 

「いやもうめちゃくちゃ感動しました。ひまわり畑の中の結婚式が充分サプライズだと思っていたのに、それ以上のサプライズが起きたのです。参加したみなさんが誰よりも解放され、喜んでおられました」

 

 結婚式が終わって一段落すると、学さんは果奈子さんにどうしても言っておきたいことがあると切り出しました。

「以前、アッコは私の“福の神”だと気がつき、それから私の人生は霧が晴れたように明るくなったわって話していたよね。その同じ言葉を今ぼくも言いたい。アッコちゃんがぼくらを引き合わせてくれ、キューピッドの役割を果たしてくれていたんだ。アッコちゃんはぼくにとっても“福の神”になったよ」

 結婚して2人は自分たちの原点を再確認したのでした。

 

ひまわり畑というと、私は往年のイタリア映画の名作『ひまわり』を思いだします。

今から52年前、映画の冒頭のシーンで、地平線の彼方まで続くひまわり畑の中を、第二次世界大戦に兵士として送られ、戦後も帰ってこない夫(マルチェロ・マストロヤンニ)を探してジョバンナ(ソフィア・ローレン)が歩きます。

 

「この広大なひまわり畑のどこかに、夫の遺体が眠っているのかも……」

 と嘆き、そのシーンに被せるように哀愁のメロディが流れ、観客の涙を誘いました。戦争で引き裂かれた男女の悲しみを描いた不朽の名作です。あのシーンが撮影されたのはウクライナの果てしなく続くひまわり畑でした。

ひまわりウェディング2009-7-26

津南のひまわり畑

写真=みんなが祝福してくれたヒマワリ畑での結婚式 津南町のひまわり畑