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沈黙の響き (その2)

2.2020.7.9

 「沈黙の響き」からインスピレーションを得たベートーヴェン

 

 多忙な生活は忙しさにかまけて大事なものを見落としてしまいます。ベートーヴェンは誰よりも「沈黙の響き」が持っているものを知っていました。ハイドンやモーツアルトから古典派音楽を受け継ぎ、これを発展させて独自の境地を切り開いたベートーヴェンは二十六、二十七歳ごろから耳がおかしくなりました。初めは雑音が聞こえてざわざわするだけだったのですが、次第に難聴が進み、オペラ劇場ではオーケストラのすぐ前に位置していないと歌手たちの声が聴き取れず、少し離れると楽器の高音部分も聴き取れなくなりました。

ベートーヴェンは長らく下痢に悩まされていたので、そこから来て聴覚もおかしくなったのではと考え、フェーリング医師の治療を受けました。フェーリング医師の勧めでダニューブ河の微温浴を試み、人には隠していました。さらに一八〇二年、ウイーン北部のハイリゲンシュタット村に転地療養しました。

ある日、ピアノの弟子フェルジナンド・リースが村を訪ねてきて、二人で散歩をしていたとき、ショッキングな出来事が起きました。リースが耳を澄まして、

「おや、どこからか笛の音が聴こえてきますね……」

と感慨深くつぶやいたのです。ところがその牧歌的な笛の響きがベートーヴェンには聴こえないのです。ベートーヴェンは、音楽家は誰よりも繊細な聴覚を持っているべきだと思っており、自分の聴覚は並外れて優れていると自信を持っていただけに狼狽(ろうばい)しました。

 音楽家にとって、耳は何よりも大切な器官です。ベートーヴェンは楽想を得るため、よく森の中を散歩しました。広大な青空に満ちた太陽の光、頬を撫でるそよ風、青々とした森の中のひそやかなせせらぎの音、そして農耕に励む農民たちの姿など、どれもこれも豊かな楽想を与えてくれました。

風雨にびっしょり濡れるのもかまわずに野山を歩き回り、時に耳をつんざくような雷鳴ですらもインスピレーションを与えてくれ、浮かんでくる曲想をスケッチしました。目で見える視覚もさることながら、聴覚はベートーヴェンにインスピレーションを与えてくれていたのです。

〈とうとう……聴力が失われ、本物のつんぼになってしまったのか!〉

この若き天才は頼みとする聴覚を失って深い苦悩に襲われました。一八〇二年十月、絶望したベートーヴェンはとうとう自殺しようとし、弟カールとヨハンに宛て遺書を書きました。「ハイリゲンシュタットの遺書」と呼ばれるものです。冷酷な運命の女神に最悪の状態に追い詰められましたが、死のうとしても死ねません。遺書にベートーヴェンの葛藤が書きつけられています。

「わたしはまだ二十八歳になったばかりで、やり残したことがある。わたしは課せられた仕事を完成しないうちは、この世を去ることはとうていできない。芸術のために、わたしはこの苦境に打ち克たなければならない!」

 遺書を書いたはずでしたが、それが芸術に身を捧げることを誓う「宣言文」となったのです。明暗二つの世界を苦しみながら、ベートーヴェンが心の恋人ジュリエッタ=ギッチアルディに捧げた有名なピアノソナタ作品二七「月光」はそのころに書かれた幻想的な作品です。静かな夜の静寂の中、語りかけるように、しめやかに伝わってくるピアノの音は、ベートーヴェンに新しい世界が訪れたことを伝えています。

 ベートーヴェンは苦難の時期を乗り越えて、一八〇三年以後の第二期に入りました。何とロマン・ロランはこの時期を「傑作の森」の時代だと呼んでいます。ベートーヴェンの親友で伝記作家のシントラーが、第五交響曲の最初に鳴り響く衝撃的な「ジャジャジャ・ジャーン」というフレーズについて尋ねると、ベートーヴェンは即座に、「運命は……このように扉を叩きます」と答えました。

宇宙からのメッセージに耳を澄ませて聴き入ったとき、聴こえてきたのがあの主題だったのです。まさに「沈黙の響き」でした。以来、第五交響曲は「運命交響曲」と呼ばれるようになりました。それに続く第六交響曲「田園」も同じ「傑作の森」の時代区分の作品です。やはりベートーヴェンはただの音楽家ではありませんでした。沈黙は決して〝無音の闇〟なのではなく、もっとも雄弁な曲想の宝庫なのです。

 聴き入る――。ひたすら心耳を澄まして聴き入るとき、人間のこざかしい作為を超えてメロディーが聴こえてきます。本書で採り上げた「アメイジング・グレイス」も「ユー・レイズ・ミー・アップ」も「風に立つライオン」も、天空に鳴り響く音楽を地上に移し替えたものです。だから多くの人が共感し、時代を超えて支持されたのです。

 音楽家にしろ、画家や作家、思想家にしろ、クリエイティブな仕事に従事している人たちはこの「沈黙の空間」を大事にし、そこで呼吸し、インスピレーションを得て、音や絵や思想で表現しました。芸術は天と自分との共同作業であり、天のメッセージを紡ぎ出すことによって、形ができ上っていきます。だからこそ芸術は永遠の生命を持っているのです。