『人を育てる道 ― 伝説の教師徳永康起の生き方』出版のご案内

書影『人を育てる道』

『人を育てる道 ― 伝説の教師徳永康起の生き方』

神渡良平著 致知出版社 1600円+税 3月上旬発売

小学校教師徳永康起先生を森信三神戸大学元教授は「100年に1人出るか出ないかの超凡破格の教師です!」と驚嘆されました。教え子たちとの交流の濃密さは、小学校を卒業して15年目、先生との交流を書きつづって出版した文集に現れています。

その文集は多くの教師や保護者の心を打って単行本化されることになったので、徳永先生は日頃の信条を付けて、書名を『教え子みな吾が師なり』としました。この信条に徳永先生の思いの全てが込められています。本書はその徳永先生の教育の全てを明らかにしました。

 

☆サイン本のお申込み(住所, 電話, 冊数を明記) kamiryo12@gmail.com  電話&FAX 043-460-1833


闘病生活は覚醒のときだった

今度の闘病生活のことを少しまとめました。ご笑覧ください。

闘病生活は覚醒のときだった

神渡良平

 

 

「まさか!」という坂――狭心症の手術

 

 思いもしなったことが起きるのが人生です。

 昨年の秋ごろから私は胸に息苦しさを覚え、体調がおかしいと思っていました。自宅から最寄りの駅まで、昇り下りのある坂道を歩いて二十分かかりますが、歩くことは全然苦にならず、ノンストップで歩いていました。ところが歩くことがだんだん苦痛になり、荒い息をハーハー、ゼーゼーと吐いて二度休み、三度休みするようになりました。呼吸を整えてからでないと、歩き出せないのです。

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『カンボジア お地蔵さんの除幕式の旅』募集のお知らせ

「国際地雷処理・地域復興支援の会」(IMCCD)の高山良二さんが17年間、営々と続けてこられた地雷処理活動が、とうとう東京ドーム41個分の田畑を無害化し、安全な田畑に変えました。その様子は6月13日、フジテレビの『アンビリバボー』でも放映され、大きな反響を呼びました。

 そのテレビ番組の反響もあって、180万人もの人々の尊い命が失われたカンボジア内戦の地雷原に癒しのお地蔵さんを建てようという運動が起こりました。多くの方々が呼応してくださり、いよいよ令和2年(2020)2月4日、カンボジアのタサエン地区で除幕式を行うことになりました。

 設置する場所は、カンボジア内戦を取材して書き上げ、1984年のピューリッツアー賞を受賞したシドニー・シャンバーグ・ニューヨークタイムズ記者の涙なしでは読めない実話『キリング・フィールド』(虐殺の荒野)の舞台ともなったところです。『キリング・フィールド』は映画化され、これもアカデミー賞に輝いて話題になったことから、記憶にある方も多いのではないかと思います。

 そのツアーを2月2日から8日に行ないます。
申し込みは神渡良平(kamiryo12@gmail.com)と取り扱い旅行社クラブワールド(sekita@club-world.net)にお願いします。振るってご応募してしてください。

神渡良平

【カンボジアツアーの日程】

カンボジアツアーの日程 _ページ_1
カンボジアツアーの日程 _ページ_1
カンボジアツアーの日程 _ページ_2

PDFはコチラです。


横浜市のみなと工業会での講演より

横浜市のみなと工業会で講演したものです。ご笑覧ください。

令和元年度の納涼事業は作家神渡良平氏の講演会

「笑顔は天の花」

 

神渡氏は病に倒れながらも、安岡正篤師に学んで懸命に生き、その体験からにじみ出る人間性、説得力に感銘を受けた講演でした!

 

令和元年度の納涼事業は87()18時より、HOTEL THE KNOT YOKOHAMAにて、人気作家、神渡良平氏をゲストに、51名の出席で開催されました。

 木通事業部員の司会で始まり、ご多忙のところ多数の頂いたことにお礼を述べ、「神渡先生におかれましては、1948年鹿児島県で生まれ、九州大学医学部中退後、新聞記者、雑誌記者等を経て独立されました。

38歳のときに脳梗塞で倒れ一時は半身不随となりましたが、必死のリハビリで再起。この闘病生活中「人生はたった一回しかないこと、また、どんな人にもなすべき使命があってこの地上に送られていることを痛感。闘病中に起草した『安岡正篤の世界』がベストセラーになりました。以後、次々にベストセラーをうみ出し、取材国は50数カ国に及んでいます。現在は講演や執筆活動に多忙の日々を送られております」とゲストを紹介し講演に入りました。(以下は講演の要旨です)

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