上瀧大さん

沈黙の響き (その146)

「沈黙の響き(その146)」

病気は大切なことに気づくきっかけだ!

 神渡良平

 

 ◇癌を患ってステージ4まで悪化

 

三浦綾子さんはこの世に病がなければいいと思っていましたが、それは大変な思い違いだったと気がつきました。病気は無ければいいのではなく、わたしたちに大切なことに気づかせようとされる“天の計らい”であり、“天の仕組み”だと知って、人生観がガラリと変わりました。これは綾子さんの人生で最も大きな出来事でした。

そのことに関連して、癌を患ってステージ4まで悪化し、文字通り死に直面した上瀧(うえたき)(まさる)さんも同じような人生観の大転換があったので、三浦綾子さんに起きた出来事がよくわかると言います。

「わたしは五十歳のとき人間ドックで癌が発見され、二進(にっち)三進(さっち)もいかない状況に追い込まれました。患部の痛さと死に直面した不安で押しつぶされそうでした。だから従来の西洋医学で治療するとともに、(わら)をもつかむ思いで密教の護摩(ごま)(ぎょう)にも参加ました。自分の(ごう)を焼き払ってもらおうと必死で、護摩木に何十枚も病気平癒と書いて護摩壇で()き上げてもらいました。

 ところがあるとき護摩木に祈願を書き込んでいると、疲れ果てて一瞬睡魔に襲われてしまい、ハッと気がつくと『照』と書いていたのです。それを見た瞬間、これは“一隅を照らす”の“照”ではないかと直感しました。つまり、助けてくださいと必死に祈るのではなく、いま生きている時間を大切にして、みなさんに一隅を照らす思いで奉仕すべきだと!」

 これは驚くような覚醒でした。生への執着が大変なことに気づかせてくれたのです。

 

◇いま生きていることに感謝して“一隅を照らす”生き方をしよう!

 

「意識を向ける中心を病から、自分が今どうあるべきかに向けなさいというのです。するとさまざまな生きづらさを抱えている人たちや、自然界の生きとし生けるものへの(いつく)しみが深まりました。わたしは政府系の金融機関で働いていますが、休日は障がいを持った子どもたちの世話をして汗をかきました。彼らはとても無邪気でやさしいんです。わたしはその無邪気さやさしさにどんなに癒されたかわかりません」

わたしはある会合で上瀧さんと知り合ったとき、彼のはつらつとした笑顔に惹かれました。そこでいろいろとうかがってみると、一つ抜け出した心境におられました。

「発病してから10年になり、現在は薬で進行を抑えていて、徐々に強い薬に変わっています。予断は許しません。悩まないと言えばうそになりますが、死の病を経験したお陰で、人の痛みや温かさを知り、他のいのちへの共感が深くなりました。だから59歳になってもなお成長させていただいていると感じて感謝しています」

上瀧さんは三浦綾子さんが、

「すべては神さまのお計らいの中にあるのだから、もう悩むまい、神さまに委ねるようと思ってから楽になった」

と言っていることに同感し、大いなる存在に全部預けてしまい、あれこれ悩まなくなりました。そんな話を聞いて、上瀧さんがはつらつとした笑顔をされている理由がわかりました。

上瀧大さん

 

写真=富山県の庄川峡の遊覧を楽しんでいる上瀧大さん