沈黙の響き (その31)

ウィークリーメッセージ「沈黙の響き」(その31)        130

教育はいのちといのちの呼応です!⑳

超凡破格の教育者 徳永康起先生

神渡良平

 

 前回、オーストラリアの西澤利明さんの寄せられたコメントに多くの反響が寄せられました。「沈黙の響き」という言葉に鋭く反応した西澤さんは、“見えないもの”“聞こえないもの”に耳を澄ませ、そのメッセージを聴きとることがどんなに大切であるかと考えておられました。

 西澤さんは、豊かな感性を持った詩人や文学者、哲学者、音楽家、画家たちはみな声なき声を聴き取り、それをそれぞれ自分の表現で表し、それぞれの文化を形作ってきたと言われます。西澤さん自身、自作の即興の詩を自分が奏でるギターのメロディに合わせて歌う詩人でもあることから、インスピレーションと詩想、曲想とは直結していると言います。

 日本は七五三には神社に詣でて子どもの成長を感謝し、暮れにはクリスマスを祝い、葬式は僧侶を呼んで仏式で行うなど、あまり宗派にこだわらないことから、無宗教だと非難されがちでした。

 しかし西澤さんは、それは皮相な見方だとして退け、日本の文化の基礎にある禅宗の公案に「隻手(せきしゅ)の声を聴く」というのがあるように、声にならない声に耳を傾け、目に見えないものを見ようとしてきた文化があると指摘し、日本は極めて宗教的な社会だいわれます。

 

≪みなさんが寄せられたコメント≫

 それに対して澁谷美知子さんは次のように深い共感を寄せられました。

「西澤さんは“沈黙の響き”に心眼と心耳を傾け、その深いメッセージを聴きとる生活を続けてこられたんですね。日本で生れ育ち、オーストラリアで事業に携わった西澤さんは、日本と欧米の融合を生涯のテーマとして取り組んでこられたとお聞きし、我が意を得たりという思いがします。

 そうした模索の末に、西澤さんは『一隅を照らす』生き方に到達され、自分が今あるところで、一隅を照らそうとされていると知り、『真理は足元にある』というのは本当なのだと思いました」

 澁谷さんも西澤さんが「一隅を照らす」生き方を模範にされていることが驚きだったようです。

 今村久美子さんも「沈黙の響き」に毎回コメントを寄せてくださいますが、今回も喜びが伝わってくるコメントをくださいました。

「西澤さんのメールを、そうそう、そうそうとうなずきながら読み、とてもうれしい気分になりました」

「沈黙の響き」に毎回コメントを寄せておられる塩谷幸子さんは西澤さんの文章を読んで、かつて安岡正篤先生が唱えておられた「一燈照隅」「万燈照国」を思い出したと述べておられました。西澤さんも安岡先生の愛読者なので、共感する点が多々あるのでしょう。西澤さんの投稿は私たちに極めて有意義な波紋を巻き起こしました。

 

 ≪使命とは大仰なことではないのではないか!≫

 ところで西澤さんのメッセージはいろいろな人々を刺激したようです。横浜志帥会という勉強会の中心メンバーである西尾優さんはこんなメールを投稿しました。少し言葉を継ぎ足して、言わんとしているところを明瞭にしました。

「西澤さんのメッセージを読んで、私は西行法師が伊勢神宮で詠まれたという和歌『何事のおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる』を思い出していました。

 私は齢六十を過ぎてみて、そういうことをようやく感じ取れるようになりました。輝く朝日に向かって手を合わせるとき、厳粛な清々しい気持ちになれるので驚きです。若いころはずいぶん功名心にはやっていましたが、歳を取るにつれて心境の変化が起きてきなした」

 西尾さんは長年「自分の使命(ミッション)は何だろう」と追究してきたそうですが、それにも変化が生じたそうです。

「大上段に構えて、世界や国家のためにどうすべきかと高尚に考えるのでなく、使命(ミッション)は自分の中にすでに在るものを見つけ出す作業なんだと思うようになりました。使命や役割は未来にどこかにあるのではなく、“今、ここ”、つまり現在、自分の中にあるものを見つけ出すことだと気づきました。

そんな模索の中で、神道でいう“分けみ霊”という考え方はとても助けてくれました。自分の中に神さま(神性)の“かけら”があることを発見する過程はすごく楽しいものでした。

 私の中に元々備えられているものを、いろいろな機会を通して、大いなる存在や他者が鍛えてくださり、私を有用な人間にしてくださっていることはとてもありがたいことでした。自分の能力を活用し、人のお役に立つことが私のミッション(使命)なんですね。

 自分が関わっている仕事を通して、何かを創造し、誰かに何かを提供することほど、素敵なことはありません。自分の使命とは今世での役割のことであり、これこそが生きている理由だと思います。

 神渡さんや西澤さんがいわれる『沈黙の響き』に私もとても共感するものがあり、声なき声に耳を傾け、見えないものを大切にしています。自分の持ち場で、肩肘張らずに、一隅を照らす生き方ができるようになると、静かな喜びがこみ上げてきます。第二の人生に入って、“沈黙の響き”の“見えないもの”“聞こえないもの”がいつも私の心の中で木霊(こだま)して、私の持ち味を引き出してくれています。だから今は現役時代以上に、充実した人生を送っています」

 こんなメールをいただくと、HPLINE上で「沈黙の響き」を連載していることが、さまざまな反響を生みだしていて、ありがたいかぎりです。このコラムがますますみなさんのお役に立てたらいいですね。(続く)

 


私たちの周りにはびっくりするような光景がありますよね。その光景に身を置き、空気を味わうと、自分もいつしか天空を飛翔してしまいます。