日本経営品質賞を授与される大串社長

沈黙の響き (その49)

「沈黙の響き(その49)」

苦境は私たちの魂の砥石だ

 

≪オオクシ、日本経営品質賞に輝く≫

 千葉県、東京都、茨城県の首都3県に、カットオンリークラブ、カット・ビースタイルなど、トータルビューティーサロン55店舗を展開している()オオクシ(大串哲史代表取締役社長)が、本年2月、日本生産性本部主催の大会で日本経営品質賞(中小企業部門)を受賞しました。

 大串社長はこれによって事業を営む者の誰しもが望む賞を受賞したわけですが、それ以前にも日本サービス大賞(サービス産業生産性協議会)を受賞したり、稲盛和夫京セラ名誉会長が主催する第20回盛和塾世界大会で稲盛経営者賞を贈られるなどしており、とうとう頂点に立ったといえます。

「ローマは一日にして成らず」といわれますが、大串社長のコツコツとした経営努力が、この賞を授与されたことによっていっそう明確になりました。もとより大串社長は自分の経営力を誇示するための賞コレクターなどではありません。ただ第3者からの評価を知る上で、厳しい審査の目を経た「第3者の評価」は大変に参考になるといえます。これによって、大串社長が目指している経営がどこまで達成されているかを知ることができます。

 

≪オオクシを直撃した東日本大震災!≫

 私は千葉市に本社を置く㈱オオクシの大串社長にかねてから注目しておりました。また私は稲盛名誉会長と親しくさせていただいていますが、その稲盛名誉会長が主宰されている盛和塾で大串社長が経営の勉強をされていると知って急速にお近づきになりました。そしてご縁を得て、大串社長のことを書いた『「思い」の経営――「オオクシ」未来への挑戦』(PHP研究所)を出版しました。

 そんなことで大串社長のことはいろいろ存じあげていますが、大串社長の転機になったのは、平成23年(2011)3月11日、東日本大震災に見舞われたことだったように思います。千年に一度という未曽有の大震災は1万8千人強の命を奪いましたが、この大震災は当時、千葉県を中心に22店舗展開していたオオクシも直撃しました。

 売り上げナンバーワンを誇っていた千葉県鎌ケ谷市のイオンモール鎌ヶ谷店も営業停止に追い込まれ、その他10店舗が液状化によって土砂が流入して、店舗が使えなくなりました。それに東京電力は急場をしのぐために計画停電を実施しましたが、これはバリカンやドライヤーを使う店舗にとっては死活問題でした。

 各店のスタッフたちは店舗再開に向けて必死でしたが、現場の大混乱の中で、給料カット、あるいは解雇という事態になりかねないと考えたに違いありません。特に地位が不安定なパートタイムの人たちはそれを恐れたはずです。現に他社ではそうした事態が進行していました。そこで大串社長は全店にFAXを送り、全社員に宣言しました。

「私は雇用を絶対に守る。大震災だからと言い訳はしない。その代わり、どうしたらこの窮地を乗り越えられるか、みんなで知恵を出し合おうじゃないか!」 

 それが全社員の安心を喚起し、みんなが知恵を出して窮地を乗り切ろうとしました。

 

≪課題に挑戦≫

――停電で営業できない店は他店に応援に行こう。 

 ――開店時間を30分早めよう。あるいは閉店時間を30分遅らせよう。

 ――大震災でみんな暗くなりがちだから、逆にぼくらは笑顔の種を蒔こう!

 そうした数々の提案を実行に移すと意外な効果が現れました。同業他社はダメージを受けて閉店しているので、オオクシに客が流れてきました。それに営業不能になった店舗のスタッフは営業している店舗に加わったので、どんなに混んでもスムースに対応できます。

 大串社長は盛和塾の例会で、「他社が良くないときに頑張れば差がつく!」という稲盛塾長の経営哲学を学んでいたので、陣頭に立って限界を超えるほどに頑張りました。そうした経営努力がオオクシを活性化しました。

その結果、各店舗が大ダメージを受けた3月ですら黒字をキープし、4月以降は前年と同じくらいに回復したのです。そしてこの年、7億1082万円を売り上げ、経常利益9.2%を達成しました。

 

≪「危機に直面したお陰で、会社に魂が入りました」≫

 大串社長は当時を振り返って言います。

「私は『オオクシは全社員のための会社であり、物心両面の幸せを追求する』という経営理念を死守しようとして必死でした。その必死さがスタッフに伝わり、『あの経営理念は社長にとって絵空事ではない。社長は命懸けで守ろうとしている。社長を孤軍奮闘させてはいけない。俺たちも社長を支えて頑張ろう』と、打って一丸となって努力してくれました。

 あの危機のお陰で、私も成長させていただき、店長もフタッフも2周りも3周りも大きくなりました。東日本大震災の危機によって、逆に会社に魂が入ったのです」

 東日本大震災は悲惨でしたが、それに潰されることなく、逆にステップアップのチャンスとなったのです。

 

≪言い逃れをしたある社長の末路≫

 ところがこの大震災によって引き起こされた不況に、社員のリストラという安易な方法で対応した経営者がいました。大串社長も尊敬していたある社長がこううそぶいたのです。

「この不況は長引くぞ。福島原発もあんなことになり、次から次に問題が起きているじゃないか。会社を存続させるためには、経営者はドライに割り切ることも必要だよ。きれいごとを言っている場合じゃない。どうせ社員なんて、会社のことなんか考えていやしないんだ」

 大串社長は耳を疑いました。日頃は社員を称え、社員が最優先だ、社員の幸福のためには何だってやると言っていたんじゃなかったっけ?

 その不信を裏付けるように、その社長は余剰と思われる社員の首を斬り、経営の引き締めを図りました。大義名分は、「苦境を乗り切るために」でした。ああいう危機に直面すると、本音が出ます。社員は敏感に、われわれは使い捨てでしかないんだと感じ取り、優秀な社員も櫛の歯が抜けるように次々と辞めていきました。そしてその会社は往年の輝きを失って、存在しないも同然のような状態になっていまいました。

 

≪その場所が自分の魂を磨く場所だ≫

 人は例外を設けると、堰を切ったように、なし崩し的に崩れていくものです。例外を設けて言い訳をし、重圧から逃れようとする自分を許さず、初心を貫くことは、自分の弱さとの闘いなしにはあり得ません。人間の成長は苦境時にどう対処するかで決まります。

「この状況から逃げない! 受けて立つ。そして見事に乗り越えてみせる」

 そういう姿勢があってこそ、現実が私たちの砥石となって私たちが磨かれ、未来が開けるのだと思います。

 魂を磨くという作業は私たちの今いる場所、つまり家庭とか職場とか、友人環境を離れた場所では起こりえません。自分の公約を成就するために全力を尽くすとき、魂が磨かれるのです。大串社長が本年度の「日本経営品質賞」に輝いた出来事はそれを私たちに教えてくれているようです。なお、大串社長が率いるトータルビューティーサロン・オオクシに興味を持たれた方は、拙著『「思い」の経営 「オオクシ」未来への挑戦』(PHP研究所)をお読みください。(続く)

日本経営品質賞を授与される大串社長

写真=日本経営品質賞を授与される大串社長