ありし日の誠さんご夫妻 

沈黙の響き (その94)

「沈黙の響き(94)」

目を覚まさせた奥さまの本音の折檻

 

 

 愛媛県大洲市で「まことや」というパン屋を営んでいた次家誠さんが事故で倒れたのは、平成12年(2000118日の夜8時半でした。パン工場で仕事をしていた誠さんが、立ちくらみがして前に倒れ、ケーキミキサーでしたたかに前頭部を打ち、反動で後ろに倒れて首の後部を強打し、血まみれになって倒れてしまいました。

 

 同じパン工場で仕事をしていた息子さんの誠一さんは、人が倒れる物音を聞き、駆けつけてみると、父親が倒れていました。これはいけないと救急車を呼び、市立大洲病院に運びました。MRI(核磁気共鳴画像)検査で精密検査した結果、頚椎損傷3番、4番を損傷しており、首を固定してICU(集中治療室)に運ばれました。幸いにして命は助かったものの、知覚神経も運動神経も麻痺して寝たきりになりました。

 

「まことや」を引き継いだ誠一さんは店を閉め、明日の仕込みを終えて病院にやってくるのは、どうしても9時を過ぎてしまいます。痛みと痺れのある父の体をマッサージし、言葉を交わして「じゃあ、また明日来るよ」と病室を出ていくのはいつも11時を過ぎていました。

 深夜の零時、寝静まった病棟の廊下をコツコツ歩いてやってくるのは3男の洋明さんです。隣の松山市の自動車の整備工場で働いているので、残業が終わってから高速道路を一時間飛ばしてやってきても、どうしても零時を回ってしまうのです。

 

 油臭い作業着のまま、洋明さんは父の体をマッージして、今日あったことを話します。誠さんにとって幸せなひと時です。「おやじさん、がんばって!」と声を掛けて帰っていくのはもう2時近い時間です。誠さんは子どもたちに励まされて、幸せなリハビリ生活を送りました。

 

 そんなある日、末期ガン患者の友人がお見舞いに来ました。お見舞いに来てくれたのはありがたかったのですが、友人は抗ガン剤に耐えることの辛さを語り、「俺はもう長生きできない体になってしまった」と愚痴をこぼしました。すっかり痩せて老人のようになってしまった友達を見送って、誠さんもすっかり悲観的になってしまいました。

「末期のガンだと言うけど、俺は彼がうらやましい。彼はここまで歩いてこれたんだ。でも俺は寝たきりで、歩くことも動くこともできない。ああ……」

 

 病棟にはそれぞれのいのちと向き合っている入院患者がいます。真夜の病棟は看護師の巡回の足音だけが響いて本当に寂しいものです。その静けさを破って、突然廊下を走る音がして、医師を呼ぶ看護師の声が聞こえました。本を読んでいた誠さんはぎくりとして、全身が耳となりました。

 

あの足音は友達の部屋に出入りする音ではないか! がんばれよ、負けるなと拳を握り、声援を送りました。1時間ほどが過ぎ、家族がすすり泣く声が伝わってきました。病室の暗がりの中で、誠さんは奥さんにそっと語りかけました。

「母さん! とうとう駄目だったようだ……かわいそうに」

仲良くしていた友達が天国へ旅立ったので、翌日は心が重い日となりました。

 

 誠さんは付き添いに来てくれている奥さんに愚痴をこぼしました。

「家に帰りたい。家に連れて帰ってくれ。もう病院にいるのはいやだ」

 あまりにしつこく頼まれるので、奥さんもたまりかねて言いました。

 

「私は両親の反対を押し切って、お父さんのところに嫁いできたんよ。商売人に嫁いでも苦労するだけやからと両親に反対され、それでもと反対を押し切ってあんたの所に嫁いできたんよ。だからどんなに辛いことがあっても、私には帰る家がなかった! 歯をくいしばって、くいしばって、辛抱するしかなかったんよ。

 

でも、お父さんには、リハビリをがんばって早く回復して、帰っておいでと言ってくれる子どもたちがいるやない! お父さんには帰れる家があるやないの! 

それなのに何よ、弱気を出して、めそめそ泣いて。癇癪(かんしゃく)を破裂させたりして。今ここでがんばらなかったらどうすんの! みんなよくなると信じて待ってくれてんのよ」

 

 奥さんは積もり積もった本音をご主人にぶちまけて、わあわあ泣きました。奥さんに折檻され、誠さんは穴があったら入りたい思いでした。

 

入院してから2年2か月たったひな祭りの日、誠さんは奥さんに車イスを押してもらい、自分の足で一歩、一歩、そして右、左と、大地を踏みしめて歩きました。歩ける! 足がちゃんと動く! 嬉しさが体を突き抜けました。

少し疲れたので車イスに乗り、散歩していると、草花や虫の“いのち”を感じます。

「ああ、みんな同じいのちを生きているんだね!」

 

 誠さんは車イスの生活になってみて、「懸命に生きている野の花が摘めなくなった」といいます。パン生地をこねてパンを作ることはできなくなったけど、それでも毎日お店に出てお客様を応対しました。2本しか動かない指でまめにハガキを書いて出したので、「誠さんからハガキをもらっちゃった!」と喜ばれました。誠さんはそれから14年間生き長らえ、84歳で大往生して天国に召されていきました。

ありし日の誠さんご夫妻 

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次家さん夫妻

写真=車イスになった誠さん。長浜のお店はいま若夫婦がお店を引き継いでがんばっています。
https://tabelog.com/ehime/A3803/A380301/38001203