辻光文さんのこと

『苦しみとの向き合い方 言志四録の人間学』に書いた辻光文さんのことが随分話題になっているようです。光文さんは車いすの生活になってしまわれましたが、高槻市に元気にお住まいになっています。辻光文さんを知って取材し、心を打たれたのは、光文さんが子どもたちの魂に手を合わせて祈るようになられたことでした。すると荒れていた子どもたちが穏やかになり、落ち着いてきたのです。そこで光文さんは気づきました。子どもたちにレッテルを貼って、みほとけの慈悲が届いていたのを遮っていたのは自分だったと! 以来、光文さんは人を教育しようとか、しつけようとかしなくなりました。それぞれの持ち味が存分に伸びるよう、後押しをされました。それで光文さんの学寮はおだやかな学寮として知られるようになりました。光文さんが阿武山学園をやめられて、高槻市にお住まいになると、子どもたちは折につけて「結婚しました」「子どもが生まれました」とお宅を訪ねてくるようになりました。光文さんは自宅を「えにし庵」と名付けて誰もが訪ねてこれるようにされました。「いのちは一つつながりでした。自分と他人を分けていたのは、私がまだまだ本当のいのちの実相に気づいていなかったからでした」とおっしゃる光文さんに私は「地涌の菩薩」を見た思いがしました。


辻光文さんのこと」への15件のフィードバック

  1. 八十になり、辻先生のことが、しきりに気になり、最近、長い道のりで、到達された、きわめて謙虚な生き方に、教えられています 私が悩んだ道も無駄でなく、また、在家の恩師をなぜ、恩師として求めたのか「ただ生きていることの深さに低頭します
    原田道一

    1.  辻光文先生が達しておられた境地は「いのちを拝む」というものでした。草も木も、いい子も悪い子も、表面に現れていることに引きずられずに、それぞれに結晶化している「いのち」を拝むでした。すると不良少年とか問題児と思われていた子どもたちが見事に復活していきました。辻先生にとって「いのちを拝む」ことは、「いのちはみんな一つに繋がっている。自分も他人もない。みんなひとついのちの表れだ」と自覚したところから起こった菩薩行でした。
       私は辻先生のことを取材して、ただただ頭が下がりました。その模様を『共に生きる』(嫁工房だいあん)に書きました。直販のみですが、ぜひ読んでいただきたい小冊子です。

    2. 原田先生は辻先生を恩師として仰いでおられたんですね。確かにそれほどの方でした。4月27日、辻先生がご逝去されたそうです。ご冥福をお祈りします。

      1. 花園大学の恩師、良く可愛がってくれました
        ありがとうございました。辻先生

        あなたの生き様は後世の人の生きる希望となってます。

        1. 辻光文先生のこと、こころからお悔やみ申し上げます。私は辻先生には一度しかお目にかかっていませんが、それでも包み込むようなまなざしの人だなあと思いました。それに受容的で、聞く耳をお持ちでした。しゃべりたい人は大勢いますが、人の話に静かに耳を傾ける人はそうそういないものです。地涌の菩薩様だなと思いました。

  2. なにかご縁を感じています 近く、高齢者の施設にて皆さんにお目にかかりますが。自分自身のことだなあとしみじみ感じている昨今です
    北米にて内山老師の願いを実践されている奥村老師は、英語版で≫生死抄≫を発刊されました。ご縁で、手元にもいただいています
    四月に四国、松山の坂村真民さんの集いします 
    在家に回帰された辻先生の、世界は、生かされている命の発見であり、このままで、いただいた命がはたらいていることの証拠であると私には思えます
    愛知県の鶴田紀子さんから、辻先生のお話を聞いたのはたぶん十数年前でしたが、先日ネットで、花園大学の福祉研究の冊子にお書きになっているお二人の研究文を拝見し、出家と在家の葛藤の中で、お会いになった先生方、柴山老師をはじめ、神田寺友松先生、など私のしんみんさんとの出会いまで巡り巡って、ここに到着できました神渡様に感謝して、ご著書も求めたいと思います 合掌

    1. 真民先生も光文先生も同じ波動の方々ですね。原田先生がその両方の方を尊敬されているのを知って、さすがだと感じ入っています。神渡良平

  3. 本日、4月27日、ご逝去なさいました。最期まで、お優しい素敵なお方でした。ご冥福をお祈り致します。

  4. 昨日 坂村真民さんの娘さん 西沢真美子様からお手紙にて,神渡良平さんが来月訪問されるとお聞きして、大変力強く思いました
    4月2日 西山文子さんの働きかけで、全国のしんみん碑にご縁の方が30数名集まられ、、しかも西山夫妻、片山克様ともお会いし,しんみんさんのお墓にもお参りできました 館長さんも、努力はされていますが、ぜひ、真美子様が全面に出てほしいのです
     飛騨から三年ぶりで四国へ
    私の今日 曹洞宗の僧堂教育を骨身を惜しまずなされている伊予の瑞應寺堂長 楢埼通元老師を訪問し、心ばかりの卆壽の感謝の言葉を申しあげました
     道元禅師の偉大さを後に伝えたのは,二代様のおかげです 二歳年上の,孤雲懐奘(こうんえじょう」様の孝順心の一代のおかげです
     楢崎一光老師を支えて今日の瑞應寺の僧堂のためにに尽くされました
    今日の禅家は、世襲制にて師弟の法が崩れつつあります 
     真民記念館も、日本の各地のしんみん碑も、大切な時です
    四月十日 飛騨に北米の円空の旅のリーダー棚橋一晃先生と共に,ジアン ハリ八クス老師が23 名で来られ、参禅と千光寺にてのワーク、佛縁の数日を過ごされました
    かつてベトナムからフランスに渡られた,テイクナットハン師が、説かれる≪マインドフルネスの教えは、世界中に広まり、ダライラマ師と共に、大きな影響を皆様に与えておられます マインドフルネスはしんみんさんの最後にいわれていた『念」であり、 ジョアン老師は、日本語 死にゆく人と共にあること 英語 Being with Dying 春秋社に
    ウパヤ仏教協会 釈尊の教えは サンスクリット ウパヤ 方便の教えを、生かす生き方を、先に旅ゆく方に寄り添って生きること、慈悲こそが関わる関係に大切だとそれを実践されていて、私も数日ご一緒し、最後まで北米に癌になられての説法が、著書にも書いてあり,一瞬の大切さ、呼吸の大切、しんみんさんの生き方も又、今日の課題を提示していただいていまして、マインドフルネスの暮らしを≪今≫に生かしたいと念じます  合掌

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