Eurovision

沈黙の響き (その105)

「沈黙の響き(105)」

国際音楽祭で優勝した母に捧げる歌「ステファニア」

神渡良平

 

 

◇母に捧げた歌がウクライナ国民の精神的支柱に

イタリアのトリノで今年514日に行われた第66回ユーロビジョン・ソング・コンテスト(国際音楽祭)で、ウクライナ代表の8人編成の音楽ユニット、カルシ・オーケストラが歌った「ステファニア」が優勝しました。数十か国に及ぶ2億人もの視聴者の支持を受けての圧倒的優勝でした。

 

ステファニア

母さん 母さん

草原は花咲き乱れているというのに

母さんの髪はグレーに染まっている

母さん 子守唄を歌って

やさしい言葉を聞かせてよ

必ず家路を見つけるよ

 

この歌詞はラッパーのオレグ・プシュクさんが自分を慈(いつく)しんで育ててくれた母を偲んで書いたものです。歌詞自体はバラード風ですが、表現方法はラップ調でパワフルです。フォーク・ラップと称されるカルシの最大の特徴は、ウクライナ民謡的な要素とラップやヒップホップがミックスして、哀愁を帯びた子守唄のリフレインがくり返されて歌曲をなじみ深いものにしています。舞台衣装も伝統的なウクライナの柄を尊重して取り入れているので、民族の誇りを感じさせます。

 

「ステファニア」の歌詞は聴く者に懐かしい母を追憶させます。

(ああ、母さん すっかり白髪が増えてしまったね

ぼくが高熱を出して寝込んだとき

母さんはぼくの胸をやさしく撫でながら

子守唄を歌ってくれたよね

 

心細かったぼくは

それでどんなに安らかになったことか

母さん またやさしい言葉を聞かせてよ

 

今度、会社の休みが取れたら

必ず家路をたどるよ

そして母さんの肩を叩いてあげる

母さん 待ってて……

ぼくの母さん……)

 

 母は“いのち”を生み、その“いのち”を育む特別な存在で、神さまは母親に特別な役割を与えています。オレグはよくぞ私たちの心のなかにある“母”を歌ってくれました。「ステファニア」が大ヒットしたのは、私たち一人ひとりのなかにある“母”を歌ってくれたからにほかなりません。

 

 ロシアがウクライナ侵攻を開始する今年の2月、カルシ・オーケストラは「ステファニア」を引っさげて全国ツアーをしていました。母の愛はのどかな村を思い出させ、母への思慕はそのまま祖国への愛に結びついていきました。

ところがそこにロシアが侵略してきたので、「母さん、母さん」と呼びかける「ステファニア」の受け止め方は一変し、すべてのウクライナの母、そして母なる国ウクライナに捧げる歌となったのです。

 

 戦争が始まると、カルシのメンバーは楽器やマイクを捨て、ウクライナ防衛軍に加わりました。そのためメンバーが何人も抜け、半数近くなってしまいました。それにウクライナでは18歳から60歳の男性は徴兵対象として出国禁止されたので、ウクライナ代表を勝ち取っているカルシはコンテストへの出場すら危ぶまれました。しかし、期限付きの特別な出国許可が出たので、ようやく参加できました。

 

2億人の支持を受けて圧勝

国際音楽祭(ユーロビジョン・ソング・コンテスト)に出場したカルシは、ロシアの侵攻で激しく破壊された母国を悲しむけれども、決してロシアの奴隷にはならないと熱烈に歌いあげました。その姿勢が審査員や視聴者の共感を呼びました。

この音楽祭は欧州放送連合(EBU)加盟放送局によって開催される毎年恒例の歌謡祭で、各国の国内選考を勝ち抜いた音楽ユニットがその国の代表として参加し、審査員や視聴者がライブ演奏で審査して順位を決定します。

 

 昨年はイタリアのロックバンド、マネスキンが優勝したことから、優勝国が次回コンテストのホスト国となるルールだから、今年はトリノ市での開催となりました。今年は本番直前にロシアがウクライナを侵攻したことからロシアは出場禁止となり、40か国が参加し、ついにウクライナ代表が圧倒的支持を得て優勝したのです。

 

過去にはこのコンテストから、ABBA、セリーヌ・ディオン、アイルランドのリヴァーダンスなどが国際的ステージへ飛躍するきっかけをつかみました。昨年優勝したマネスキンもその後欧米で大ブレークしているので、今年優勝したカルシ・オーケストラもメジャーになることが確実視されています。

母に捧げる歌はどの国においても永遠です。

Eurovision

写真=「ステファニア」を歌うカルシ・オーケストラ